妖精渉る夕星に〜真摯な愛を秘めた外科医は、再会した絵本作家を逃さない〜
* * * *

 二人は食事をしながら、これまで読んできた本のこと、及川先生との思い出、そして大学時代の話などで盛り上がり、会話が途切れることはなかった。まるで高校時代の二人に戻ったかのような空気感は、八年という離れていた時間を全く感じさせないほど穏やかに流れていく。

「こんなに素敵なレストラン、しかも個室を、今日突然予約なんか出来ないと思うんだけど……」
「あはは。その通り。山之内さんを病院に呼ぶって決めてから、すぐに仁科に連絡をして押さえてもらったんだ」

 得意げに話す北斗を呆れたように見つめながら、あの頃よりもずっと大人でスマートな姿に、花梨の心臓は苦しくなる。そこにはもう少し一緒に話をしたいという願望が見え隠れしていて、だからこそ食事が終わった途端、寂しさを感じたのかもしれない。

 しかし自分から彼を避けたのに、誤解が解けた途端にこんな感情を抱くなんて虫が良すぎるのではないか──その考えも否めず、どうしていいのかわからなくなる。

 そんな花梨の気持ちを知ってか知らずか、北斗は飲んでいたコーヒーカップを置くと、花梨のことをじっと見つめた。

「山之内さん」

 先ほどまでより緊張感のある響きに、少し不安感を覚える。

「は、はい」

 声が上擦った気がして、恥ずかしくて思わず両手で口を押さえた。

「本当は及川先生の葬儀の日、山之内さんに会うのが不安だったんだ。ちゃんと話がしたいって思いながらも、また否定されたら今度こそ立ち直れない気がして……」

 彼がそんなふうに思っていたのは意外だった。だってあの日の北斗からは、高校時代と変わらない自信を感じていたから──しかし実際はそうではなかったと知り、花梨は驚いたように目を見開いた。

「でもいざ山之内さんを前にしたら、あの頃の気持ちが蘇ってきて……卒業式の日、もっと頑張って説得すれば良かったって後悔したことを思い出してさ、今度こそ君を逃したくないって思った」
「……私、菱川くんに酷いこと言ったのに……」
「あれは山之内さんの本心じゃないって知ってるよ。だからこそ本心を知りたいんだ」
「でも……この八年、全く連絡をとらなかったんだよ。あの頃の私とはだいぶ変わった気がするし……」
「変わってないよ。今話していて確信した。俺はやっぱり山之内さんと繋がっていたい」
「……私も……菱川くんと話すのが楽しいって思ってた」

 すると北斗は嬉しそうに微笑むと、テーブルに置かれていた花梨の手をそっと握った。
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