妖精渉る夕星に〜真摯な愛を秘めた外科医は、再会した絵本作家を逃さない〜
「これはね、卒業式の日に言おうとしていた言葉なんだ。言えずに終わってしまったけど……山之内さん、俺と付き合って欲しい」

 息が止まりそうだった。そうなればいいと思っていたが、彼とは住む世界が違うし、無理だとわかっていたから、心の奥底にしまい込んだ。

 しかし八年の歳月をかけて、それが現実になるなんて──嬉しさと戸惑いが入り混じる。

「私のこと……許してくれるの?」
「許すも何も、きっかけになったのは俺自身のことだし。俺の方こそ、許してもらえるかな?」

 花梨は小さく頷いたが、眉間に寄った皺はなかなか戻らない。

「でも私……本当にただの一般人だし……菱川くんとは釣り合わない──」
「あんなに素敵な絵本を書くのに、ただの一般人なんかじゃないよ。それに俺は山之内さん……いや、花梨じゃなきゃ嫌なんだ。俺がそばにいたいのも、そばにいて欲しいって思うのも、花梨だけなんだよ」

 この優しさに甘えてもいいのだろうか──心の中で葛藤する。

「……まだ一日しか一緒に過ごしていないし、本当の私を知って幻滅しちゃうかもしれないよ」
「俺だって花梨を幻滅させるかもしれないよ。完璧な人間なんていないし、誰だって長所と短所を持ち合わせているんだ。まずは軽い気持ちで付き合ってみない? 今まで重く考えてきた分、その反動って感じでさ」
「……そんな軽い恋愛って有りなのかな」
「有りだと思うよ。気持ちに素直になって、衝動の赴くまま動いて、上手くいかなくても、その先に希望が見えればいいんじゃないかな」
「……なんか不思議。菱川くんが言うと、そんな気がしてくる」

 というよりは、言いくるめられたような気もする。だが深く考える間もなく、北斗の指が花梨の手の甲の上を優しく撫で始めたので、体にぞわぞわっと震えが走った。
< 46 / 84 >

この作品をシェア

pagetop