妖精渉る夕星に〜真摯な愛を秘めた外科医は、再会した絵本作家を逃さない〜
* * * *

 北斗が最初に入ったのは、本屋ではなく、意外にもカレーのお店だった。この街がカレーで有名なのは知っているが、どこも老舗のような店構えで、以前一人で来た時には勇気がなくて入ることが出来なかった。しかも北斗が花梨を連れて来た店こそ、以前断念した店だったのだ。

「カレー屋さん、入ってみたかったんだよね?」

 何故花梨が入れなかったことを知っているのだろうとハッとしたが、北斗の言葉で及川先生が彼に話したのだと察する。

「先生に聞いたの?」
「正解。及川先生、本当に花梨のことを可愛がっていたんだよね。会うたびにいつも口から出るのは、花梨の話ばかりだったから」
「……そうなの?」
「そうだよ。俺はずっと理系だから先生との接点は三年生になってからだけど、花梨は三年間文芸部でずっと一緒だからね。しかも小説で賞を取るくらい有望な生徒だし、先生も嬉しかったと思うよ」

 外にある券売機でチケットを購入してから、店の中に入っていく。ちょうど空いているのがカウンターしかなかったので、二人はその席に腰を下ろした。

 チケットを店員に渡してから、
「俺は五辛で。花梨はどうする?」
と言いながら花梨の顔を覗き込む。

 花梨はきょとんとした顔で北斗を見てから、
「ふ、普通がいい!」
と答えた。

「じゃあ一つは辛さはそのままで」

 店員が頷いてその場を離れると、花梨は怪訝な顔で北斗を見た。

「このお店、来たことあるの?」
「あるよ。っていうか、本を買いに来ると、いつもここで食べてるかな。だから花梨が行きたかったけど諦めたって聞いて、連れて来たいなって思っていたんだ」
「……なんか急に恥ずかしくなってきた。及川先生、他にどんなことを話してた?」
「そうだなぁ。仕事が楽しすぎて恋をしようとしない、とか」

 図星だったが、及川先生がそんなことまで彼に話しているとは思わず、気まずそうに下を向いた。

「あとは……『絵本はもちろん彼女の中の才能の一つなんだけど、私はあの子が書く小説をもう一度読んでみたいんだ』って、よくぼやいてた」

 それは花梨自身も直接言われたことがある。そのたびに、『今は絵本が楽しいんです』と返事をしたものだ。

 もちろんその言葉に嘘はない。正直な気持ちだ。だけどそれだけではないことを花梨は気付いていた。

「俺、花梨が書く絵本が大好きだよ。でも、高校生の頃に読んだ小説も本当に好きだった。だから先生の気持ちもすごくよくわかるんだ」

 及川先生も北斗も決して無理強いはしない。だからこそ申し訳ない気持ちにもなった。
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