妖精渉る夕星に〜真摯な愛を秘めた外科医は、再会した絵本作家を逃さない〜
「この間も言ったけど、あの時の約束、俺の中ではまだ有効だから」
「自費出版してくれる、って言ってた?」
「そうそう。それくらい花梨の作品は素晴らしいって、自信を持って言えるからね」
「……ありがとう。嬉しいけど、もうだいぶブランクがあるし、それに……」

 そこまで言いかけて、どこまで彼に話していいものか悩み始めるが、すでに誤解も解けた。それなら──。

「高校生の時にね、北斗くんがそう言ってくれたから、ずっと書いてたの……恋愛小説を。でもあの日から筆が進まなくなっちゃって、最終章が書けないまま放置してる」

 すると北斗は悲しげに下を向いたが、すぐに顔を上げて花梨に微笑みかける。

「それは……俺の勘違いでなければ、あのことがきっかけで恋愛小説を書けなくなったってこと?」
「えっ、そ、それは……」
「それってつまり、俺を想って書いてくれたりしたの?」

 完全に的を射た言葉に、花梨は顔が真っ赤になる。

「おぉ、やっぱりそうなんだ。あはは、なんかすごく嬉しいんだけど」
「ち、違うってば……」
「花梨は嘘をつくのが下手だよね。でもそれなら大丈夫、俺が続きを書けるようにしてあげるよ」
「続きって……どうやって?」
「簡単だよ」

 そう言った北斗はニヤッと笑い、花梨の耳元に唇を近付ける。

「俺がどれだけ花梨を好きか、これからたくさん教えてあげるから、君は俺に愛されていればいい。そうすればきっと素敵なハッピーエンドを迎えられるはずだから」

 耳に息が吹きかかり、一生言われることはないと思っていた甘い言葉を囁かれたものだから、体に震えが走って腰が抜けそうになった。

「ほ、北斗くん⁉︎」
「まぁ正直に言えば、同じだけ花梨にも俺を好きになってもらいたいけど、まずは俺の気持ちを伝えることから始めないとね」
「……それは……」
「『遅すぎることはない。互いを思いやる気持ちがあれば、いつかは必ず分かり合えるはずだから』って、及川先生にも言われたからさ」

 花梨は驚いたように目を見開いた。

「それ……私も言われた」
「及川先生の常套句だったからね。いつも会うたびに花梨の近況を教えてくれたり、写真をみせてくれるんだ。だからこそ俺は花梨への恋心を忘れなかったし、会ってもいないのに想いは募るばかりだった」

 その時二人の前にカレーが運ばれ、北斗はやけに嬉しそうに花梨を見つめる。

「花梨と一緒にこのカレーを食べられる日が来るなんてね……諦めずに望み続ければ叶うんだな。及川先生の言葉が身に沁みるよ」

 二人はクスクス笑いながら、カレーを食べ始める。しかし花梨は思っていたよりも辛い味に、驚いて口を押さえた。

「これで普通? じゃあ北斗くんの五辛ってどれだけ辛いの?」
「俺は慣れてるから。でも五十辛までいく強者もいるらしいよ」
「……世の中には私の知らない世界がまだたくさんあるのね……」
「そうだね。目を閉じていたらもったいないくらいにね」

 花梨はカレーに目を落とすと、気合いを入れ直して再び食べ始めた。
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