妖精渉る夕星に〜真摯な愛を秘めた外科医は、再会した絵本作家を逃さない〜
「及川先生って本当にすごいよな。卒業してからもずっと、こうして俺たちを見守ってくれている」
「うん、本当にそうだね……」

 楽しそうに語る北斗の顔を見ながら、花梨の心に希望の光が差し込むのを感じる──その時だった。二人の視線が絡み合い、時間が止まったかのように静かに見つめ合う。

 二人の他には客はいない。店主からも棚の影になっているこの場所で、少しずつ北斗の顔が近付き、キスされる──そう思った瞬間、花梨は思わず瞳をギュッと閉じた。あの夕焼けの中の記憶が鮮明に呼び起こされ、心臓がとてつもない速さで打ち始める。

 しかしそれから数秒経っても何も起こらず、そっと目を開けてみると、目に入ったのは俯きがちな彼の背中だった。

「北斗……くん?」

 すると北斗は何事もなかったかのように振り返り、花梨に満面の笑顔を向ける。

「そろそろ休憩しようか? 花梨と一緒に行きたいカフェがあるんだ」
「えっ、あっ、うん……」

 どうしてキスをされると思ったんだろう……別に期待したわけじゃない。ただあの時と同じシチュエーションに思えたから。今のは私のただの勘違いだったのか……それともこの間みたいに意図的にしなかった……? ──真意がわからず、複雑な気持ちになっていく。

 北斗は店を出ると、スタスタと小走りで進み始めたので、花梨も急いで彼について行く。

 さっきまでは手を繋いでいたのに、今はその手が離れてしまった。少し開いてしまった彼との距離に寂しさを覚えながら歩みを進めると、その先に見覚えのある店が現れた。

 そこは以前この街に来た時に、カレー店に入るのを断念した後に立ち寄った、絵本専門店が一階と二階に入るビルだった。

 ガラス張りの外観からは、たくさんの絵本の書棚が並び、その中央にはカフェスペースが見える。

「もしかして北斗くんが行こうとしていたのって、ここのブックカフェ?」
「そう。花梨は来たことある?」
「うん、何度か。児童書と絵本の専門店って聞くと、つい行きたくなっちゃうんだよね」

 絵本作家として活動を始めるまでは、身近にある絵本しか手に取ったことはなかった。しかし自分の絵本が本屋に並んだ日に訪れた書店で、自分が知らない絵本がたくさんあることを知り、自身の持つ知識の少なさと世界の狭さを実感した。

 それからは花梨は勉強を兼ねて多くの書店に足を運び、絵本の魅力をさらに知ることになった。
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