妖精渉る夕星に〜真摯な愛を秘めた外科医は、再会した絵本作家を逃さない〜
「なるほど……これも及川先生に聞いていたのね」
「実は何回か行ったことがあるんだ。花梨はいなかったけど」
「私はどちらかというと裏方だから……。でもその時に会わなくて良かった」
「そうだね、職場を特定されたからって、花梨なら退職して消えかねない」

 図星だった。再会したばかりの人にここまで考えと行動を読まれているとは、迂闊に嘘もつけない──花梨は苦笑し、レモンスカッシュを口に含む。でも不思議と居心地が良い。自分のことをわかってくれる人がいることが嬉しくて、胸がくすぐったくなる。レモンの酸味と、刺激的な炭酸の感覚に、体の奥の方が熱くなっていく気がした。

「花梨は追いかけないと逃げちゃうし、でも無理に追いかけたら、それこそ姿を消しちゃうかもしれないからね」
「それも及川先生の言葉?」
「だけじゃない。俺の教訓」

 クリームソーダを飲む北斗と目が合うと、まるで高校生の二人に戻ったかのような、甘酸っぱい気持ちになる。

 彼の声、言葉、笑顔、仕草の一つ一つに胸が熱くなり、息が苦しくなり、彼ともっと話したい……一緒にいたいと欲張りな自分が姿を現し始めた。

 スプーンでアイスを掬って口に含んだ唇を見て、先ほどの出来事が頭に蘇る。

 やっぱりあの時、キスしてほしかったな──()き止めていた感情が一気に爆発してしまいそうなくらい、彼へのときめきが大きくなっていくのを感じていた。

「花梨?」

 名前を呼ぶ声に、体の奥の方が締めつけられるように苦しくなる。それはきっと私の中で彼への恋心が続いていたから──あの頃に芽生えた想いの種は、自分が思っているよりも心の奥深くに根を広げていたらしい。

 こんなにも強い想いを秘めていたことを、彼の包み込むような優しさに触れて初めて実感した。

「なんでもない」

 本当はなんでもなくなんかない。このままでは彼への想いが溢れてしまいそう──花梨は拳をギュッと握りしめて、口を閉ざした。
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