妖精渉る夕星に〜真摯な愛を秘めた外科医は、再会した絵本作家を逃さない〜
* * * *

 それから花梨と北斗は、部室で顔を合わせればお喋りをするようになった。ただそれはお昼休みの時間だけで、北斗は放課後は予備校があるため部活には参加しなかった。

 会った時ももっぱら好きな本の話しかしなかったが、話すたびに二人の距離が少しずつ近くなっていくのを感じていた。

「山之内さんは、放課後の部活は毎日参加してるの?」
「一応顔は出してるんだけど、すぐに帰らせてもらってるの。ほら、前に言ったと思うんだけど、家がゴタゴタしてるって」
「あぁ、そういえば言ってたね」

 今までこの話をしたのは担任と及川先生くらいだった。別に秘密にしていたわけではないが、話す必要もなくて黙っていたが、なんとなく彼には話してもいいような気がしたのだ。

「お母さんがね、メニエール病って病気を発症しちゃって、入退院を繰り返してて。部屋でも眩暈がすると動けなくなっちゃうから、私が代わりに家のことをやってるの。妹が幼稚園に行ってるんだけど、預かり保育が十八時までだからそれまでに食事の準備をして、それからお迎えに行かなきゃいけなくて……。だから小説を書けるのも、学校にいる時だけなんだ」

 別に同情してほしいわけじゃない。承認欲求を満たしたいわけでもない。ただ……吐き出したかっただけ──本当はすごく我慢しているということを、もしかしたら誰かに知って欲しかったのかもしれない。

「妹って何歳?」
「えっとね、五歳の年長さん」
「幼稚園児かぁ。きっと可愛いだろうなぁ。うちの弟は中三なんだ。なんかいろいろ生意気になってきた気がする」
「へぇ、弟さんがいるんだ。菱川くんに似てる?」
「どうかな。似てるかもしれないし、似てない気もする──それに俺は弟の面倒なんて全然見ないし、家事なんてやってもらうのが当たり前だからさ。きっとお母さんがいなくて不安な妹さんも、山之内さんがいれば安心なんじゃないかな」
「そうかな……」
「母親と姉と学生を両立させてて、すごく偉いじゃん」
「あ、ありがとう……」
「あぁ、学校で小説書いてたのって、もしかしてそれが理由?」
「うん、家だと集中出来なくて……」

 花梨が口ごもると、菱川は立ち上がって本棚に近寄ると、文芸部が発行した部誌を一冊手に取って持ってきた。
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