妖精渉る夕星に〜真摯な愛を秘めた外科医は、再会した絵本作家を逃さない〜
* * * *

 電車に乗って、家までの道をとぼとぼと歩く。また逃げ出してしまった──そのことに対する罪悪感が、手に持つ荷物をさらに重く感じさせる。

 マンションに到着し、部屋のドアを開けようとした時だった。ふと外廊下の手すりから下を見下ろした花梨の目に、一台のタクシーが停まるのが見えた。中から降りて来る北斗を見た途端、驚きのあまり両手で口元を押さえてしゃがみ込んだ。

 先ほど愛佳と対峙してから、一体どれだけの時間が経ったのだろう。北斗から着信があったのはわかっていたが、電車に乗っていたのと気持ちが落ち込みすぎていたため、返事をする心の余裕がなかった。

 花梨から何も連絡がなければ、北斗が心配するであろうことはわかっていた。しかし後で連絡しようと思ったまま、家まで帰って来てしまったのだ。

 愛佳を振り切って駅まで走り、ホームに到着した電車にすぐに乗り込んだ。時間にすれば三十分ほどのはずなのに、その間に北斗はここまで追いついたことになる。

 今ドアを開ければ北斗に部屋がバレてしまう気がして、怖くて鍵を差し込めずにいた。壁に寄りかかり大きく息を吐いた瞬間、突然スマホが鳴り、慌てた花梨は咄嗟に電話に出てしまう。

「は、はい!」
『やっと出てくれた』
「……ごめんなさい……。約束破っちゃった……」
『気にしなくていいよ。それより花梨は大丈夫?』

 北斗に問いかけられたが、それに対して返事をすることが出来なかった。あの日の真実を語った愛佳の言葉が花梨の頭に響き、自分がしてしまったことへの罪悪感で胸がいっぱいになる。

『花梨?』
「ごめんなさい……私のせいだった……私のせいで北斗くんを傷付けたの……」
『……原田に何か言われたの?』

 先ほど愛佳と話したことを北斗が知っている──そのことに気付いて、花梨はハッとした。
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