あなたの1番になりたい。

コーヒーの香りが、静けさを引き伸ばすように漂い、
カップの中のコーヒーが、かすかに揺れている。

私は深く息を吸って、背筋を伸ばし口を開いた。


「先輩、」

向かいに座る結城先輩は静かに視線を上げる。

「…愛ちゃんのこと、なんですけど」

あの子の名前を出すと、先輩の空気が変わったのが分かった。

「伊吹さんから犯人を探してほしいって言われて
 朝、彼女の靴箱とクラスの机を確認しました」

言葉を区切りながら、思い出す。


靴箱の奥を見た瞬間の、あの嫌な予感。

「靴箱の中と机の中に紙が入ってて」

ぐしゃぐしゃの紙をテーブルの上へ広げた。

先輩は視線を紙に向けたまま、何も言わない。


「『いつ退学するの?』
 そういう系が書いてありました」

声が少しだけ低くなった。

「……」

「……」

沈黙の中でコーヒーの香りが、やけに現実から浮いている。


「私…正直、もっと軽いものだと思ってました」

悪ふざけとか、一部の子の意地悪とか。

「でも、これは…、」

言葉を探して、首を振った。


「あまりにも度が過ぎている」

ここまで沈黙を保っていた先輩が、ゆっくりと言葉を吐いた。


「…伊吹には?」

「まだ、なにも伝えてません」

一拍置いて続ける。

「伊吹さんに伝えたら、直接動こうとすると思ったから…」

それが良いとは限らない。


「…正しい判断だ」

先輩が短く、断定的に言葉を呟く。

「君が思ってる通り、これはもう“軽いいじめ”じゃない」


「だから、先輩に相談しました」

私は先輩の目を見て言う。

「私一人で判断していい問題じゃないと思って」


結城先輩はほんの一瞬だけ私を捉えて言った。

「正解だ。この件、俺も一緒にやる」

命令でも、約束でもない。
事実を述べるみたいな口調。

「伊吹には、頃合いを見て俺から言うから」

私は、その言葉にゆっくりと頷く。

「…お願いします」


カフェの外では、何も知らない街が日常を映し出していた。

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