罠に落とされた生贄姫は、荒野の悪魔の最愛となる
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 この先、一体どうすればいいのだろう。

 自分が何者かによって命を狙われているという話を聞いて一夜経った今でも、それが悪い夢なのではないかという思いが拭えないでいる。式典での惨劇や『堕とし子』の存在が、より現実味を薄れさせているのかもしれなかった。

 そもそも首謀者の狙いはなんなのか。荒れ地との和平交渉に反対する一派は確かにいた。だがそれは『荒れ地の魔王』という未知の存在に不安感を抱えていただけの事だ。彼らの苦慮も、シルヴィの交渉が成功しさえすれば解消されるものだったはずだ。

 王は官僚達に全幅の信頼を置いていた。シルヴィとて内部に裏切り者がいるなどと考えたくもない。だとすれば外部の人間の仕業を疑うべきなのだろうが、いずれにしても首謀者の心当たりなどシルヴィにつくはずもない。これから先の事を考えようにも、今のシルヴィにはエネルギーが足りなかった。
 お腹がペコペコだったのだ。
 とりあえず部屋を出ようと扉を開けたシルヴィだったが、廊下に足を踏み出すと同時に壁に勢いよくぶつかってしまった。

「――きゃっ!」

 痛む鼻を撫でながら、目の前の壁をマジマジと見つめてギョっとする。壁だと思っていたものは、よく鍛えあげられた硬い男の腹だったのだ。恐る恐る顔を上げる。浅黒い肌を覆う白銀の髪。間違いない。

「あ、あの……」
「ん? もしかして俺の名前を忘れたか」

 髪と同じ白銀色の太い眉。くっきりとした目鼻立ち。薄い唇に、にっこりと人の好い笑みを浮かべ『荒れ地の魔王』はそう言った。

「いえ、そういうわけでは」

 シルヴィは慌てて手を振ってみせた。
 『荒れ地の魔王』と呼ばれる男の素顔を見たのはこれで二度目だ。目の前の男は見るからに好漢そのもので、式典で見た『魔王』とは、とても同じ人物と思えない。戸惑うシルヴィに、『魔王』は「ハハ」と白い歯を見せて笑った。

「冗談だよ。俺の事はグイドと呼んでくれ。昨日も言ったと思うが、堅苦しいのは苦手なんでな」
「わかりました。それでは……おはようございます、グイド」
「それでいい。おはよう、お姫さん」
「それで、グイドはどうしてこの部屋に?」
「ああ、朝食の準備が出来たから呼びに来たんだ」
「まぁ、うれしい!」

 世辞抜きで嬉しい誘いだ。ところが、シルヴィと一緒に「ぐぅ」とお腹まで返事をしたものだから、たまったものではない。慌ててお腹を抱えこんでみたが、その音はどうやらグイドにまで届いてしまっていたようで、頭上からくつくつと忍び笑いが聞こえてくる。なんてことだ。恥ずかしくて顔を上げることができない。チラリと上目づかいでグイドを見上げる。

「申し訳ありません……あの、本当にお腹がすいていたもので」
「しょうがないさ。昨日はあのまま寝てしまったからな」

 グイドは笑うのを止め、シルヴィを廊下へと連れ出した。

「あんな事があった後だ。食欲がないんじゃないかと思ってたが、その心配はなさそうだな。さ、食堂へ急ごう。皆が待ってる」

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