罠に落とされた生贄姫は、荒野の悪魔の最愛となる
「この人こう見えてすっごい照れ屋だから、照れ隠しにすぐ手が出ちゃうんだよ。ね、閣下!!」
「お前ってやつは、そんなに俺に殴られたいのか」
「あっ暴力反対!そのなんでも殴って解決する癖、止めましょうって言いましたよね、閣下?!」
「知るかそんなもの!」
「イ、イサベラ、あの、止めなくても……?」
「気にしないで、いつものことだから」

 イサベラはあっさりとそんな事を言うが、シルヴィにとってはなんとも刺激の強い朝の風景である。

「さっさと席について下さい。食事にしますよ」
「む、そうだったな」
「へいへい」

 黒髪の青年に促され、二人はようやく席に着いた。さっきまであれほど抓られていたはずなのに、テオもけろりとしたものだ。その顔にはすり傷一つ、ついていない。傍目から見れば一方的な暴力だが、どうやら手加減はしているらしい。随分と過剰なスキンシップもあったものだ。
 席に着いたグイドはさっそく残りの皆の紹介を始めた。

「イサベラは知ってるな。それから」

 言葉を区切り、黒髪の青年に視線を向ける。

「ジルと申します」

 琥珀の瞳を伏せたまま、ジルは丁寧に頭を下げた。黒髪が白磁の頬にさらりとかかる。女性と見紛うほどの美しい面。だがその表情といえば氷のように冷やかで、人を寄せつけない雰囲気を漂わせている。

「ジル様……」
「ジルで結構です」

 まさに取りつく島もない。

「もう、相変わらず愛想がないなぁ、ジルちゃんは」

 と、テオの声。もしや、とりなしてくれているのだろうか――と思ったが、違った。ジルを上目使いに眺めながら、口元にはニヤニヤと卑俗な笑みを浮かべでいる。どう見てもからかう気満々である。
 そこで喰ってかかればまだ可愛げもあるのだろうが、ジルは全く取り合わなかった。無表情のまま、くるりと厨房に踵を返す。ただ一言、言い返す事だけは忘れない。

「だまれ狐目」
「あー!! 酷い、気にしてるのに!!」
「うるさい猫っつら」
「言ったな、この仏頂面!ちょっと閣下も眼なんてつぶってないで、なんか言って下さいよぉ」
「――お前らいいかげんにしろ!」

 テオの頭に今度こそグイドの拳骨が落ちる。先程あれだけの目に遭ってなお、彼は懲りない男だった。
 暫くするとジルがワゴンに食事をのせて戻って来た。
 まず眼の前に置かれたのはスープ皿。テーブルのそれを覗きこんでシルヴィはギクリと身を固めた。白磁の器に盛られていたのは、山盛りの正体不明の食材と、それを浸す赤黒い液体。

「……これは?」
「豚の内臓と豆のスープになります」

 ニコリともせずジルが答える。

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