罠に落とされた生贄姫は、荒野の悪魔の最愛となる
 ――内臓とは食べられるものだったのか!
 衝撃でスプーンを持つ手が震える。
 荒れ地における食生活が王宮と同じであると考えていたわけではない。だがまさか、『内臓』という本来捨てられるべき部位を食材として使っていようとは。加えてこの見た目。肉塊と黒い豆が泥のような液体に浮く姿は、どう見ても食欲をそそるものではない。
 このスープの何もかもが、シルヴィの想像を越えていた。

「なんだ、食べないのか?」

 スープをかきこむグイドが首をかしげた。スプーンを咥えたテオが可笑しそうに笑う。

「やだなぁ、お姫様が豚の内臓なんて食うわけないでしょ」
「……お口に合わないのであればおさげします」
「いえ!」

 皿に伸びた手をシルヴィが止めた。

「……いただきます」

 せっかく出された食事を無碍にするわけにはいかない。見た目は確かに不気味だが、グイドもテオもイサベラも、美味しそうに食べているではないか。それになにより、シルヴィの空腹はすでに限界に達していた。
 ギュッとスプーンを握り締める。豆と肉片を掬いあげ、恐る恐る口へと運んぶ。
 パクリ、と口に含むその姿を食堂の誰もが息を詰めて見つめていた。

「ん――――!」

 よく煮込まれた肉片が口の中でほろりと崩れる。舌に広がる少し癖のある肉の旨味。スープの色はおそらく豆の色なのだろう。こってりとした中にもほんのり甘い豆の風味が感じられる。そして全体を引き締める黒胡椒とガーリックのスパイシーな香り。一口、口に運ぶごとに胃が強く刺激される。スープを飲む手が止まらない。
 気がつけば皿はすっかり空になっていた。

「な、旨いだろう? なかなかいい食いっぷりで気に入った!」

 カカカと笑うグイドに向かって、シルヴィは照れたように微笑んだ。

「ありがとうございます。とても美味しかったです」
「だってよ。よかったな、ジル」
「光栄です」
「え?!」

 驚いてジルを見上げる。

「もしかしてこのスープ、あなたが?」
「そうですが、なにか」
「ジルにはこの館の事全般を任せてるんだ。お姫さんも、何かあったら遠慮なく言うといい」

 館の雑務や給仕のみならず、調理までやってのけるとは。こんな有能な執事、王都であってもそうはいまい。シルヴィの眼差しを受け流し、ジルはいかにも涼しげな顔で、空になった皿を下げた。
 厨房から大皿に盛られた料理が次々と運ばれてくる。パンケーキやスクランブルエッグ、大振りのソーセージに厚切りのベーコン。朝食にしてはいささかボリュームのありすぎるそれを、正面の二人が物凄いスピードで平らげて行く。
 ソーセージの欠片をつつきながら、イサベラがげんなりと肩を落とした。

「まったく、食べる時ぐらい行儀よく出来ないのかしら」
「……でも、素敵な食卓です」

 自分がこれからどうなっていくのか――。
 不安しかなかった心が少しほどけた気がするのは、目の前の快活な彼らと、見目こそ悪いが味は抜群のあのスープのお陰なのかもしれなかった。
 
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