罠に落とされた生贄姫は、荒野の悪魔の最愛となる
「だとしても、自ら進んで交渉の席に立つなど……姫様はお人がよすぎでございます」

 仕上げに繊細な光に輝く淡い紅色のマニキュアが、白魚のような指先に施される。

「どうか――どうか、その御身がご無事であります様に」  
「――ありがとう、アナンダ」
 
 準備が終わり、シルヴィは馬車の待つ玄関へと向かう。フロアには既に若い侍女と数人の護衛が控えていた。これから自分は魔王の待つ荒れ地へと向かう事になる。

(……失敗は許されない)

 きゅっと唇を噛みしめる。

「お姉さま!」

 いよいよ馬車に乗り込もうとしたその時、突如背後から抱き締められた。その腕を優しくほどき、振り向くと、金色の柔らかな髪が目に飛び込む。

「エミリー! 見送りに来てくれたのね」

 愛しい妹姫を見つめ、シルヴィは大きな瞳を嬉しそうに細めた。

「ごめんなさい、お姉さま」

 シルヴィを見上げる美しいエメラルドの瞳から、大粒の涙が零れおちる。

「なにを謝る事があるの? これはわたしが望んだ事よ」
「でも……でも……」

 ルベルトワ王国夫妻には男児がいない。いずれは第一王女であるシルヴィが女王の位につく事になる。アナンダが反対したと同じく、荒れ地に王位継承者を向かわせる事に難色を示した大臣は多かった。
 その為当然、第二王女であるエミリーに白羽の矢が当たると思われていたが、そんな大臣達を説き伏せてシルヴィは自ら大使に名乗りを上げたのだ。

「この国の未来を思うのであれば、わたしが行くのは当然だもの」

 それにシルヴィの二歳下とはいえ、年の割に幼い、この愛らしい妹姫が「魔王が恐い」と泣くのであれば、それを守ってあげるのも姉の務めと素直に思えた。

「シルヴィ」
「お父様、お母様」
「王として、お前にこの任を与えた事を後悔はしていない。しかし……父としては甚だ不安だ」

 玉座に座る時とは違う、優しい瞳の父王がシルヴィを見下ろす。だがシルヴィも既に成人を迎えた身だ。

「お父様、シルヴィはもう子供ではありませんわ。ご心配には及びません、必ず成し遂げて参りますわ」
「シルヴィ、体に気をつけて……」

 とはいえ、涙声の母の胸に抱かれると、喉の奥がつんと痛む。母をぎゅっと抱きしめて、ようやくそれを飲み下した。
 これが今生の別れというわけではない。涙など、不要だ。

「いってまいります」

 見送る皆に満面の笑み送り、シルヴィは馬車に乗り込んだ。

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