辣腕クールな脳外科医は、偽りの婚約者を甘く堕として妻にする
 匠真は礼を言って、テラスにあるひとり掛けの席に着いた。テラスを囲うように背の高い観葉植物が植わっていて、外からも中からも目立たず、落ち着ける。
 いったん中に戻った沙耶が、紙おしぼりと水の入ったグラスを運んできた。
「〝本日のランチプレート〟のメインはチキンの香草焼きです」
 匠真がいつも頼むからか、彼女は匠真を席に案内した後、必ず本日のランチのメインを教えてくれる。
「じゃあ、それとホットコーヒーをお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
 沙耶が伝票を持ってキッチンに向かうのを見て、匠真は頬を緩めた。
 先週の金曜日、彼女は道路を渡った先の公園のベンチで、うずくまるようにして座っていた。
 具合が悪いのかと思って声をかけに行こうとしたら、涼花が「女性が一緒のほうがいいと思う」と言ってついてきた。
 普段、診察で声をかけるように、『どうされましたか?』と尋ねると、彼女は怯えたようにそっと指の間から匠真を覗き見た。
 あのときは、心配になるくらい不安そうで頼りなげだったのに、涼花の店で働き始めてからは、嘘のように生き生きとしている。黒目がちの二重は輝き、ふっくらした頬はほんのりと色づいている。
 しばらくして彼女が料理を運んできた。
「小早川さん、お待たせしました」
 今日も明るい笑顔だ。
「本日のランチプレートとコーヒーです。ごゆっくりどうぞ」
 沙耶は伝票を置いてぺこりとお辞儀をすると、早足で店内に戻っていった。小柄だからか、動きはキビキビというよりちょこちょこという感じで、小動物を思わせる。
 もともとは元同級生の涼花の様子を見るためにプラチナに来ていた。しかし、今は元気に動き回る沙耶を見るのと、彼女が考案した新しいメニューを食べることが楽しみになっている。
 匠真はスプーンを取り上げて、最初にスープをひと口飲んだ。ベーコンときのこを使ったコンソメベースのスープだ。続いてナイフを入れたチキンの香草焼きは、皮がパリッとしていて香ばしい。数種類のハーブが使われていて本格的だ。
「うまいな」
 思わず声が出た。
 沙耶が働きはじめてから、プラチナのメニューはレパートリーがぐっと広がり、おしゃれな料理も増えている。
 ドリンクにはこだわっているが、料理にはそれほどの熱意を注いでいなかったオーナーシェフの涼花にとって、沙耶は心強い味方だろう。
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