辣腕クールな脳外科医は、偽りの婚約者を甘く堕として妻にする
 やがて匠真の料理が出来上がったらしく、涼花がコーヒーを淹れて、料理の皿と一緒にトレイにのせて運んできた。
「お待たせしました」
「ありがとう」
 こんがり黄金色に揚がったカツレツがプラチナでメニューに出たのは初めてだ。
「これも沙耶さんの発案?」
 匠真の問いに、涼花が誇らしげに胸を張る。
「そうなの。沙耶ちゃんのおかげでメニューの幅が広がって、ほんと助かってる。働き者でいい子だし。やっぱり私って人を見る目があるよねぇ」
 涼花の自画自賛の言葉を聞いて、匠真は苦笑した。
「そうかもしれないな」
「かもしれないじゃなくて、そうなの!」
 自分の意見を曲げないところは、相変わらず涼花らしい。
 匠真は口元をほころばせて言う。
「店に入ったときに言おうと思ってたんだが、コスプレに驚いて言い忘れていた。三周年、おめでとう」
「ありがとう。お花まで送ってくれて」
「俺にはそれくらいしかできないから」
「そんなことないよ。匠真くんのおかげで営業を続けられたようなものだから」
「それは大げさだ」
 涼花は口元をかすかに歪めたが、すぐにニコッと笑顔になった。
「それより、沙耶ちゃん特製カツレツを冷めないうちに召し上がれ。どうぞごゆっくりー」
 涼花は言って、カウンターに戻っていった。その後ろ姿を見送って、匠真はフォークとナイフを取り上げた。
(イタリアンレストランでカツレツを食べたことはあるが、ずいぶん前だな)
 さっそくカツレツにナイフを入れた。
 ザクッと小気味いい音がして、ひと口口に入れたらバターの芳ばしい香りがした。噛むと、カリカリの衣の中に閉じ込められていた仔牛肉から、肉汁が口の中に広がる。
(これがカフェのランチで食べられるのか)
 本格的なイタリアンレストランでディナーに出されていてもおかしくないレベルだ。みずみずしいトマトの酸味とフレッシュな葉野菜も、さっぱりとしていて最高の組み合わせである。
 沙耶においしいと伝えたくてキッチンを見た。ちょうど手が空いたらしく、沙耶がキッチンから出てきた。けれど、匠真より早く、レジカウンター近くの席に座っていた三十歳くらいの男性が、片手を上げて沙耶に合図を送った。
「シロちゃん」
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