辣腕クールな脳外科医は、偽りの婚約者を甘く堕として妻にする
「お薦めはこの〝秋のオリジナルハーブティー〟です。マスカットのような香りが特徴のエルダーフラワーに、気分がすっきりするペパーミントなどをブレンドしているんですよ」
 涼花がメニューの写真を指差して言った。おしゃれなガラスのカップを淡い蜂蜜色の液体が満たしていて、ミントの葉が浮かべられている。
「じゃあ、これをお願いします」
 沙耶の注文を、ヒーコは持っていた端末に入力した。それから、顔を上げて沙耶を見る。
「お食事は?」
 ヒーコに続いてチエが言う。
「ちゃんと食べないと、力がつきませんよ」
 そこへレジの奥にいた七十歳くらいの男性が言葉を挟む。
「本日のランチプレートのしょうが焼き定食もお薦めです」
 彼のネームプレートには〝ノリ〟と書かれていた。
「少し時間はかかるけど、グラタンもおいしいですよ」
「もっと軽いものがよければ、最近人気のパンケーキはいかが?」
 チエに続けてヒーコが言った。そのあと、「あら、それもいいわね」「でも炭水化物ばっかりじゃ」とふたりの間で会話が続いていく。
 祖父母の年齢に近い人たちに次々に声をかけられて、沙耶はたじたじとなった。
「えっと、せっかくなのですが、実はあまり食欲がなくて」
 沙耶の言葉を聞いて、涼花が困ったような笑みを浮かべた。
「ごめんなさいね。みんな、若いお客さまが来てくれると嬉しくて、孫の世話を焼くみたいになっちゃうんです」
 涼花の言葉にヒーコが不満そうな声を返す。
「あらぁ、私の孫はまだ小学生ですよ」
「そうでしたね。では、ヒーコさん、秋のオリジナルハーブティーの準備をお願いしますね」
 涼花に言われて、ヒーコはしぶしぶといった表情を沙耶に向ける。
「お客さま、追加注文はいつでも大丈夫ですからね。なにか食べたくなったら言ってくださいよ」
「はい」
 沙耶は小さく頭を下げた。ヒーコに続いてチエもキッチンに向かい、涼花は沙耶の右側の席に腰を下ろした。公園で沙耶に声をかけてくれた男性は、涼花の後ろで壁にもたれて腕を組んでいる。
 沙耶はそっと店内を見回した。出窓には手作りと思しきフェルトのウサギが三匹、観葉植物のそばにちょこんと置かれていた。壁には同じくフェルトで作られたコスモスの花とブドウが、いくつか飾られている。その横に短冊が三つ並んでいて、お月見の情景を詠んだ趣深い俳句が達筆で書かれていた。
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