【完結】売られた令嬢は最後の夜にヤリ逃げしました〜平和に子育てしていると、迎えに来たのは激重王子様でした〜
「わ、わたしはジャボを直した後のことをまったく覚えていないんです!」

「…………!」

「ところどころは記憶にあるようなないような……そんな感じなのですが、アデラール殿下はどこまで記憶にありますかっ!」


恥ずかしさを押し込めて問いかけた。


「全部……全部覚えているよ」


やはりアデラールは全部覚えているようだ。
居た堪れなくなり、シルヴィーは両手のひらで顔を覆う。


「そうか。シルヴィーは何も覚えていないんだね」


悲しげな声が耳に届く。
シルヴィーは指の隙間からアデラールの様子を覗き見る。
彼の歪んだ唇が微かに「……よかった」と動いたような気がしたのだが、気のせいだろうか。
いつのまにかアデラールの骨張ってゴツゴツした指がシルヴィーの腰を支えていた。
サラリと髪を撫でる指がくすぐったくて身を捩った。


「てっきり、あの日の僕を覚えていて怯えているのかと思ったんだ。でも覚えていないんだね」

「……はい」

「そういうことか。なら遠慮はいらないか」


そう呟いたアデラールは、逃さないとでも言うように反対側の手のひらで後頭部を掴まれてしまう。
耳元で囁くような低い声にゾクリと背筋が震える。
小さく体を跳ねさせるとアデラールの体が少しだけ離れた。


「……ッ、アデラール殿下?」

「シルヴィー……」


名前を呼ばれて、ライトブルーの瞳に見つめられると魅入られるようにして動けなくなる。
もう少しで唇が触れてしまう、そんな距離だった。
ハッとしたシルヴィーは彼を警戒するように距離をとる。
すぐに顔が赤くなっていくのがわかった。


「残念、もう少しだったのに」

「……っ」
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