鬼上司のバニーガール ~部長、あなたが撫でているのは愛兎ではなくあなたの部下です~
「部長っ! 私はうさぎじゃありません!」

 渾身の叫びは部屋の中に響くだけで、孝仁には一切響かない。なおも梢の頭を撫でている。

 声でダメならば、視線で訴えるしかないだろうか。梢は抗議の視線を送ってみるが、今度は甘い微笑みという返り討ちに遭う。

 ぶわっと全身に恥ずかしさが広がり、梢まで顔を赤くしてしまった。

(もう、本当になんなの……? どうして素直に送り届けちゃったんだろう……こんなふうになるってわかってて押しつけてきたわけ? もう勘弁して……)

 両手で顔を覆って、深いため息をこぼす。永山らへの恨みが湧き上がるが、そんなものはなんの役にも立たない。梢の心を余計に煩わせるだけだった。

「ん? どうしたんだ? 帰りが遅かったから拗ねているのか? 本当にかわいいな、スイは。いい子にしてたご褒美にたくさん撫でてやろう」

 一層優しくなる孝仁の手つきに、声に、表情に、梢の顔はさらに赤くなる。羞恥心を刺激されて、心の叫びが止まらない。

(なに、なに!? これはなんなの!? 部長がおかしすぎる! 鬼の宮沢はどこにいったの!?)

 当然、心の中の声が届くはずもなく、孝仁は嬉しそうになでなでを続けている。

 どうしたって終わらないこの非現実的な状況に、とうとう梢の心は限界突破してしまった。

「……だから、私はうさぎじゃありません!」

 もう一度叫び声を上げると、その勢いのままスッと立ち上がった。

「もう無理っ。お邪魔しました!」

 玄関の鞄を拾い、急いで孝仁の家を去る。

 頭に、耳に、瞳に、孝仁の優しい姿が焼きついて離れない。梢はどうにかしてそれを振り払いたくて、競歩選手のごとく、ほぼ駆け足の状態で自宅へと帰った。

 だが、家に着いてからも、孝仁の姿が消えることはなく、梢は眠れぬ夜を過ごすこととなった。
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