女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します

第百話 イザベラの心境

 学園祭当日。恒例の挨拶を終えると、担当であるイザベラとアレクサンドを残して私達は解散することになった。午前中は自分の教室の担当だ。会議室を出ようとすると、急に肩を掴まれて止められてしまった。

「リリアンナっ!」

 耳元で小さく声を掛けられ、振り返るとイザベラが立っていた。今日は金に塗装がされた白い百合の髪飾りを付けている。太い一本の三つ編みには白いリボンが巻かれており、清楚で可愛らしい雰囲気を演出している。

「イザベラ? どうしたの?」

「……で、殿下と二人っきりはちょっと……シヴァを置いて行ってもらうことってできる?」

 イザベラの顔は真っ赤だ。奥を見ると席に着いたアレクサンドがにっこり笑っていた。この後、密室に二人きりで二時間……口説き落とす気満々である。

「イザベラ、諦めなさい。というか、王妃になるのは了承してくれたじゃない」

「こんなゲロ甘展開になるなんて知らなかったのよ! ゲームじゃ、こんな感じじゃなかったのに……」

 そりゃ、ゲームだと相思相愛だったんだから、アレクサンドが執着を見せたりがむしゃらに口説く必要もなかった。それが今は好意があるかも曖昧なイザベラ相手なんだから、しょうがない。

「諦めてアレクサンドを好きになれば良いのに」

「自分に好意を向けられるのは、解釈不一致なのよぉ……」

 泣きつかれてもしょうがない。私は教室での担当があるし、イザベラもアレクサンドと担当だ。昨日までは文句も無かったのに、どうやらみんなが解散したどさくさに紛れて速攻アレクサンドに何かされたらしい。
 奥にいるアレクサンドは満足げに笑っているが、「まさか残っていかないよね?」という無言の圧を感じる。ここでシヴァを置いて行ったり、私が残ったりすればどんな文句を言われるのか……

「ごめん。私、担当があるからもう行かなくちゃ! 行くわよ、シヴァ!」

「リリアンナぁ!」

 なんとかイザベラの制止を振り切り、私は駆け出した。廊下で待機していたシヴァが追いかけてくる。イザベラには申し訳ないが、それこそ本当に婚約したり、結婚して王妃になればずっとあれが付いて回るのだ。覚悟を決めてもらわなければ。
 廊下を走り、イザベラが見えなくなると私達はスピードを緩めた。隣を歩くシヴァと目が合う。

「置いてって大丈夫でしたか?」

「うん、たぶんね。ああやって拒絶反応が出始めたなら、落ちるまでもう少しでしょ」

 実際、彼女が日本で優子として生きていた時もそうだった。私も優子も恋人がいたことは無かったが、優子は片想いするようになるとああやって逃げに入るのだ。変なことをしないかとか、髪型が崩れていないかとか、相手にどう思われているのかとか、色々考えすぎて頭がパンクする。その結果、逃走するのだ。
 最初は推しとして意識し、推しに対する好意をあまり隠すことは無かった。貴族としての立場で隠すことはあっても、それ以上押し殺すことは無い。それが好意を寄せられるようになり、戸惑っていた。その戸惑いや困惑は、彼女の言うように解釈の不一致から来るもの。それが一人の異性として意識するようになって、異性に対する恋愛としての好意に変わっていった結果があの状態だ。

「もう一息ね」

 私はそう呟くと、喧騒に包まれた廊下を歩いて行った。





 ***





 会議室に残されたイザベラは、無慈悲に閉じられてしまった扉の前に立っていた。すぐ後ろにはアレクサンドがいるが、彼を振り返ることができない。
 最初は、単純にビジュアルが好みだった。ゲームをプレイして、一番にそれが目につき攻略を頑張ったのだ。それが最推しへと変わっていったのは、ゲームでの交流が進んでいった後。主人公であるメロディとの会話の場面で、吐露した本音の部分。

『本当は、自分で良いのか悩みがあったんだよ。能力があったから、できるから、王になるだけ。……僕は空っぽで、そこに本心なんかない』

 能力があるから、立場があるから王になる。そこに彼自身の楽しみや、人生の喜びはない。そんな彼に同情したし、幸せになって欲しいと思った。それをゲームでメロディを操作しながら、叶えられるのが嬉しくてたまらなかった。アレクサンドの幸せになっていく姿を見ているのが、自分にとっての幸せだった。
 相羽優子はとある会社の社長令嬢だった。お金はあるし、両親はいくらでも自由にさせてくれる。しかし、その自由と裕福さの代償があった。次期社長をどうするかの決定権は、自分にもいくらか回ってくる。そのために自宅に呼ばれた社員達から、ちやほやされるのが常だった。しかし裏があるのが分かっていて、素直に好意が受け入れられるはずもなく、そんな時に優子はただ笑うしかなかった。
 そんな自分と重なって、どうしようもなく共感してしまったのだ。アレクサンド・リヒハイムと言うキャラクターに。

「イザベラ嬢?」

 ぽん、と肩に手が置かれてイザベラは体を弾けさせると振り返った。
 癖のある青い髪が動きに合わせて揺れる。鍛えているからか、案外がっしりした体つきのアレクサンドには、余計な肉は一切ついていない。均整の取れた体つきに、整った顔立ち。髪の間から覗く金色の瞳は、心配そうにイザベラを見ている。
 こんな美青年が、自分に好意を寄せている。それが実感できなかったし、イザベラには上手く受け入れることはできなかった。

「ずっと立っていたら足が疲れるよ。あっちに座ろう……僕が嫌なら、距離を取ってもいいから」

 滅茶苦茶押しが強いくせに、いざとなったら自分を気遣って身を引いてくれる。眉尻を下げて、少し寂しそうにしながら。そんな表情に、罪悪感が湧いてきてしまう。

(アレクサンドは、こんなに気遣ってくれているのに)

 エスコートされてイザベラはアレクサンドが引いてくれた椅子に座る。そこは、アレクサンドから三席ほど離れた場所。アレクサンドとは斜めの席で、正面を向けば目が合うこともない。
 イザベラを座らせると、アレクサンドは席に着いた。そちらを見ると、アレクサンドはにこっと笑う。

(好意を素直に受け入れられない、そんな自分が嫌になる)

「……なんで」

 そんな言葉が口をついて出た。

「なんで、私なんですか? 私なんかを、好きになったのですか?」

 信じたいけど信じ切れない。でも、アレクサンドの好意は本物だ。ぎゅっと手を握り締め、イザベラは今まで聞けていなかったことを質問した。
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