女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します

第百七話 無力さと無念

 入ってきたのは服装が乱れている騎士一人。彼は私達を見ると床に膝を付き頭を下げた。

「状況は?」

 アレクサンドの言葉に顔をあげる。その瞬間、再びアレクサンドの合図で防音魔法が展開された。

「聴取の末、アルベリヒ・グラウベルの依頼であると自白しました。彼が適当に寄せ集めた面々のようで、襲撃者同士に関わりはないようです」

「狙いについては?」

「モンリーズ嬢を無傷で誘拐してくるようにとのことでした。殿下への脅迫で、裁判の遅延や証拠の隠滅を図ったものと思われます」

 この件に関して表に出ず、無関係を貫いていたのに。それでも婚約者と言うことでこうして誘拐される危険があるのか。あの時のことを思い出すと背筋が泡立つ。私が俯き身震いしていると、横のイザベラがぎゅっと抱きしめてくれた。背後に控えていたシヴァが、そっと肩に手を添えてくれているのも伝わる。温かくて、ありがたい。

「小心者の彼らしいな……学園祭も明日で終わるし、予定を早めて明後日には裁判を開こう。そのためにも、今からアルベリヒ・グラウベル並びにディトリヒ・ベルナルド両名の身柄を拘束し、屋敷を押さえろ」

「はっ!」

 アレクサンドの指示で騎士は立ち上がると、走って部屋を出ていった。さすがアレクサンドの騎士だ。行動が早い。

「リリアンナ嬢は、今から王宮で保護する。ヴォルフガング殿も一緒なら、安心だろう?」

 外出先で襲われても無傷で帰還したヴォルフガングが一緒なら安心だ。

「はい、よろしくお願いします。父に手紙を書くので、渡しておいて下さい。……それと」

 私はちらりと背後に立つシヴァを見た。彼は注目が集まるのを察して、さっと私の肩から手を引く。

「従者も一緒で構いませんよね?」

「もちろんだ」

 アレクサンドの言葉に安堵し、私は用意された便箋に言葉を紡いだ。お父様を安心させるためだ。きっとすごく心配するだろうから。ルネやバルバラにも言っておいて欲しいと伝えておかないと。手紙を騎士の一人に渡し、アレクサンドが呼んでおいた大勢の騎士に囲まれて部屋を後にする。

「リタも一緒で良いか? 危険があるなら、保護しておいてほしい」

 部屋を出る直前、レオナルドがそう言って私達を呼び留めた。彼も自分の婚約者が狙われないかと心配なのだろう。最愛の女性なら尚更だ。
 レオナルドの言葉にマルグリータは頷き、二人は一度抱擁すると離れた。私の隣にマルグリータが並ぶ。目が合うと、彼女は大丈夫だと言うようににっこり笑った。
 再びみんなに視線を向けるとイザベラが心配そうにこちらを見ていたが、私は安心させるように頷いた。見送られながら私とシヴァ、マルグリータの三人は部屋を後にして、王宮へ向かう馬車に乗せられた。





 ***





 正直、悔しいとしか思えなかった。
 ヴォルフガングと合流して、リリーは王宮の用意された貴賓室で待機している。ヴァイゲル嬢も一緒だ。大勢に保護されて、守られて。安心したのか、一見いつも通りの様子に戻っている。それでもオレは、あの時のリリーの姿が忘れられなかった。
 小さく震えた細い体に、青ざめた顔色。オレが来たと気付くまで、どれだけ強く握っていたのか、指先は白く冷たくなっていた。涙に濡れた薔薇色の瞳がオレを射抜いた時、どれだけの怒りと罪悪感が込み上げてきたか分からない。
 馬車から降りた時、止めていれば。オレがもう数秒早く、着替えを終えていれば。そもそも、こそこそリリーと密会なんてしなければ、こんなことにはならなかったはずだ。

「……追加のお湯をお持ちします」

 ヴァイゲル嬢も一緒だから、リリーとヴォルフガングと気軽に話すわけにはいかない。オレはただの従者に徹し、黙々と作業をこなしていた。紅茶に使うお湯が無くなったことに気付き、ポットを手に取り頭を下げると部屋を出る。ちらっとリリーを見ると、彼女もオレのことを見ていたようで目が合う。にこっと笑うと、見送るようにオレに軽く手を振ってくれた。

 部屋を離れるに従って、先ほどまでの穏やかな空間は遠のき重苦しい静寂が足元から這い上がってきた。日が完全に落ちた廊下には、等間隔に配置された燭台が心許ない橙色の炎を揺らしている。冷たく重厚な壁は光を吸い込むように深く沈み込み、窓の外から差し込む月光の方が余程明るく見えた。周囲では人の気配が途絶え、冷ややかな空気と自分の衣擦れの音だけが迷路のような長い廊下に反響している。
 人がいないのを確認し、ポケットから封筒を取り出した。それは、ソプレス王国の廃城で再会したあの男からもらったものだ。捨てようと思ったのに、結局捨てきれずにこうして持ったままになっている。ルネさん達にこれを渡して助力を得ようとも思ったが、結局できなかった。
 後ろめたい気持ちもあるが、これがあればあの類まれな魔法の才能にあふれたあの男と会えるのだ。本当に危険な時の切り札として、手元に置いておきたい。残しておきたいと思ってしまったのだ。
 オレには、なんの力もないから。

『次お会いする時は、貴女様と共に復讐できることを楽しみにお待ちしております』

 あの時の言葉を思い出す。彼の言うように復讐をすれば、オレ自身の手でリリーを守ってやれるんだろうか。もう二度と、危ない目に合わせずにいられるんだろうか。一瞬そう思ったが、そんなことリリーは望んでいないはずだ。明るくて優しくて、誰かのためにと一生懸命行動する彼女が、そんなことしていいと思うわけがない。頭を振って思考を切り替え、再び封筒をポケットにねじ込んだ。

 オレ一人では、リリーを守るのに限界がある。それは十分理解していた。アレクサンドのように、多くの騎士や護衛を動かせたら。彼らに常に守ってもらえるようにしたら、リリーをしっかり守れたのだろう。でも、オレにはそんな力も資格もない。
 本当は、公爵様からモンリーズ公爵家の次期後継者にという話をもらっていたのだ。それもあり、モンリーズ家から様々な教育を受けることができていた。もしもリリーが婚約解消できずアレクサンドと結婚したら、オレは公爵としての立場からリリーを守るつもりだった。しかし、婚約解消までもう一歩のところまで来た今、後継者の座はリリーに渡してしまった。その結果残ったのは従者という立場のみで、リリーを守れる地位も権力も、何もオレは持っていない。

「こんばんは」

 考え込みながら歩いていたので気付かなかった。視線を上げると、そこにはアレクサンドが立っていた。

「色々お悩みのようだね」

 彼は柔和な笑みを浮かべている。何を考えているのかは分からない。

「……お陰様で、お嬢様は貴賓室で安心して過ごせています。ありがとうございます」

 色々逡巡して、ようやくその言葉を絞り出し、頭を下げた。少し待ってみても、彼からの返事はない。
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