女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します

第百八話 アレクサンドの提案

「……随分と、落ち着いているね」

 しばらく待ってから出てきたアレクサンドの返答に、思わずシヴァは頭を上げた。決して冷静などではない。そう見えるように、ポーカーフェイスを保っているだけだ。

「そう、見えるでしょうか?」

「うん。もっと私に対して怒っていると思っていたから」

 アレクサンドの言葉にシヴァは納得した。たしかに、情報を共有せず主人を危険に晒したのだ。怒られると覚悟していたのだろう。本人も情けなく思っているのか、アレクサンドは困ったように笑っている。

「……怒ってはいません。ただ、情けないと」

 シヴァの言葉にアレクサンドは目を見開いた。

「それに……」

 シヴァはアレクサンドの顔が見られない。こうして本音を漏らすのには勇気がいる。しかし、今くらいは言ってしまいたかった。



「貴方が羨ましい」



 地位も名誉も権力もあり、皆に慕われ何かあれば動いてくれる部下がいて。自分を愛してくれる女性がいて。なによりも、守りたい人を守れる力がある。自分を愛してくれる女性以外、なにもかもが自分には無いものだ。
 ぎゅっとポッドを持つ手を握り締めながら呟いたシヴァを、アレクサンドは感心したように眺めていた。

「なるほどね。君は、そう考える人間なのか」

 そのまま何かをうんうんと考えている。

「面白い。……うん、やっぱり君がいると良さそうだ」

「は?」

 アレクサンドのよく分からない発言に、シヴァは思わず彼の顔を見た。アレクサンドは面白そうに微笑んでいる。そして、握手を交わすようにシヴァに手を差し出した。



「君、私の側近になるつもりはないか?」



 自信ありげに言うアレクサンドの言葉に、今度はシヴァの方が目を見開く。公爵令嬢付きのメイドに、王子が側近になれと言う。あまりにもありえない、馬鹿げた話だ。

「なにを、馬鹿なことを。……私は、ただのメイドで」

「前にも匂わせた通り、君の正体なら見当がついているんだ」

 以前は濁されたが、そうはっきりと告げられてシヴァは押し黙る。アレクサンドは畳みかけるように言葉を続けた。

「君ならやりようがあるはずだ。それに、君は私を羨ましいと言った。……どうだい? 私の側近になれば、君が羨ましいと言っていた、地位も名誉も権力も、全て手に入るよ」

 アレクサンドが囁く言葉はなんとも魅力的だ。
 もしも……もし、シヴァが何かしらの功績をあげてアレクサンドの側近になったら、側近に何の爵位も付けないわけがない。少なくとも子爵以上の地位は与えられるはずだ。そうすれば、もしかしたらリリーと一緒になれる道が開けるかもしれない。その可能性を考え、しかしすぐに迷いが生じてしまった。功績のためには、自分の過去と向き合わねばならない。その覚悟を今すぐ持つのは難しい。
 過去と向き合わなくても、従者としてリリーの傍にいることならできる。しかし、過去と向き合えばその安定した生活すら危うくなる。もう一生、リリーと会うことすら叶わなくなるかもしれない。そのリスクを負うべきなのか、すぐに決断は下せなかった。

「後は君がどう動くかだけだ。ちゃんと実績をあげれば、私はそれを評価して君を側近にまで持ち上げるつもりがある」

 目を見開いたまま固まり、考え込むシヴァの肩にアレクサンドはぽんと手を乗せる。

「それをちゃんと覚えておいてくれ」

 何度か励ますように肩を叩くと、そのままアレクサンドは立ち去ってしまった。方向的に、このままリリアンナやヴォルフガングのいる貴賓室へ行くのだろう。

「オレは……どうすれば……」

 廊下の中心で一人立ちすくんだシヴァは、動くことができなかった。





 ***





 私がいないまま学園祭は終了し、翌日には裁判が開かれた。被告人であるディトリヒ・ベルナルドとアルベリヒ・グラウベルの罪を問う裁判だ。珍しい貴族の裁判である上、旧ソプレス王国の名誉にも関わってくるため、何人もの新聞記者を呼んであるらしい。急な裁判にもかかわらず、関係者も多く傍聴席は満員だ。
 私はアルベリヒの被害者として、関係者の席に座っていた。すぐ横にはシヴァも控えている。

「シヴァ、本当にここにいて良いの……?」

 私がそう尋ねるも、シヴァは首を縦に振り頑なに私から離れようとはしなかった。
 昨夜も今朝も、ヴォルフガングから何度もシヴァは裁判を欠席するよう言われていたのだ。なんでも、「お前さんは知らなくて良い」とか。その言葉の意味は私には分からないが、色々な因縁があったし、ストレスで体調を崩してしまったことがあるくらい彼にとってはトラウマな話のはずだ。私も彼のことが心配だし、身の安全ならば騎士や護衛がたくさんついているから心配はいらないと何度説得してもこれなのだ。ここまでして無理にでも裁判に参加したい理由を、彼は教えてくれない。

「静粛に!」

 その一喝が鋭く反響し、会場を埋めていた人々のひそひそとした私語を瞬時に切り裂いた。
 裁判所内はピリピリとした厳格な空気に包まれている。正面の高くせり出した演壇には、威厳を湛えた黒衣の裁判官が並び、その真剣な眼差しが法廷を見下ろしていた。左右に並ぶ傍聴席には多くの貴族や関係者が詰めかけているが、今は誰もが固唾を呑んで中央の証言台を注視している。広々とした空間には、時折聞こえる筆記官のペン先が紙を走る音だけが、不気味なほど克明に響いていた。

「被告人ディトリヒ・ベルナルド、およびアルベリヒ・グラウベル。汝らにかけられた罪状は以下の通りである」

 証言台には二人の男が立っていた。
 片方は深緑の髪に白髪が混じった、60代の男性。終始俯き冷や汗をかいており、気が弱そうに見える。彼が私を襲ったというアルベリヒだ。隣に立つ黒目に深緑の髪の40代の男性がディトリヒ。眉間に皺をよせ、明らかに納得がいかないと言うように鼻息を荒くしていた。
 二人共貴族だからか手枷などはしていないが、すぐ背後には各二名の屈強な騎士が立っており、二人が怪しい行動を取ればすぐに制止できるよう控えている。
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