女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します

第九十三話 アレクサンドの決意

 その日の夜、シヴァの帰宅とヴォルフガングの来訪を歓迎するための夕食は豪華だった。お父様はシヴァの両親と親交があったとの話通り、ヴォルフガングとも顔見知りだったようですぐに打ち解けられていた。明日には学園が始まるため、そこでアレクサンドと合流して証拠を渡すつもりだ。ヴォルフガングがこのままモンリーズ家に滞在するか、それとも王宮で滞在するかはその時に決まるだろう。重要参考人として、彼の身柄はしっかり守らなければならない。まあ、彼自身が強いので大丈夫だろうが。



 翌日。私は昼食を手早く済ませ、アレクサンドと二人で話をした。場所は学園祭準備で使用する会議室だ。食堂では皆がまだ食事をしているため、場所を変えるしかなかった。

「それで、ヴォルフガング・バルカス殿はモンリーズ家に滞在中。証拠はこの紙束か……」

 シヴァが手渡した紙の束を手に取ると、アレクサンドは興味深そうに紐を外して中身を確認した。机を挟んで相対する私の隣にはシヴァも座っている。普段は従者が椅子に座ることは無いが、今回ばかりは丁重に彼を扱おうとしているアレクサンドの思惑が伺えた。それを理解しているのか、シヴァも何も言わず勧められるまま着席している。
 ちらりと隣を見ると、シヴァ自身も緊張しているのだろう。無表情ではあるものの、手をぎゅっと握り締めている。そんな彼の手を私はアレクサンドに見つからないよう、机の下でそっと握ってあげた。少し驚いたように視線だけをこちらに向けるシヴァに、同じく目線だけを寄こしてにこっと笑ってみせた。すると、上から握った私の手をシヴァも握り返してくれる。恥ずかしいような、後ろめたいような。顔が赤くなっていないか心配しながらも、私はその手をぎゅっと握り返した。

「……うん、ざっと見たところ問題なさそうだね」

 アレクサンドの声に私もシヴァもびくりと体を跳ねさせる。そんな私達に気付いているのかいないのか。アレクサンドはにこっと微笑んで紙束を再び紐で束ね直した。

「それで、バルカス殿の待遇だけど、本人は何て?」

 アレクサンドの問いに、私は昨夜の夕食時を思い出していた。



 テーブルの上には、目にも鮮やかな料理が所狭しと並んでいた。 中央に鎮座するのは、じっくりと時間をかけて火を通された極上の牛背肉のローストだ。表面は香ばしく焼き色をつけられ、切り口からは淡い桃色の肉質と溢れんばかりの肉汁が滴っている。その傍らにはトリュフを贅沢に使った深紅の赤ワインソースが添えられ、部屋中に芳醇な香りを振りまいていた。 スープは一点の濁りもない黄金色のコンソメで、繊細な野菜の細工切りが底に沈んで見えるほど澄み渡っている。さらに、バターをふんだんに使った焼きたてのブリオッシュからは香ばしい熱気が立ち上り、ハーブと共に蒸し上げられた白身魚は、宝石のようなキャビアを乗せて銀の皿の上で輝いている。普段ですらなかなかお目にかからない、贅の限りを尽くした料理に私達は舌鼓を打っていた。

「それで、滞在はどうしますか?」

 優雅にフォークで肉を口に運びながら、お父様はヴォルフガングに質問をした。対するヴォルフガングは大きな体に対してテーブルや椅子が小さいのか、少し体を縮こまらせて器用に食事をしていた。元々貴族だった彼は、さすがマナーはしっかりしており、見た目の割に動作が丁寧で優雅だ。案外魚が好きなのか、白身魚を美味しそうに頬張っている。

「このままここで滞在しても構わんのですが、警護の心配がある。裁判までの間に、密な関係性だと外部に知られたら、お嬢様方が危険でしょう」

 いつもよりも丁寧な言葉遣いで、ヴォルフガングはお父様に返事をした。
 確かに、私達とヴォルフガングの関係性を知る者もいるかもしれない。そうなると、裁判前に証拠や証人を消そうと動く人物がいてもおかしくはない。現在、この家で一番非力なのは間違いなく私だ。狙われるとしたら私だろう。

「明日、そちらの王子様とお話して王城に迎えられたとして、モンリーズ家の滞在は一日。その程度であれば友人を招いた程度と見られ、モンリーズ家の動きも悟られることは無いのでは? 間違いなく、王城で匿って頂き大人しくしておくのが良いでしょうなぁ」

 脳筋と思わせて、案外彼は頭が回る。お父様はヴォルフガングの言葉に頷いた。

「それもそうですな。今の所、裁判について本人達には知らせていないようです。しかし、影で見張りは付けているとか。学園祭開催前には裁判の通達も届くでしょうし、危険は多い」

 お父様は口の端についたソースをナプキンでそっと拭う。ヴォルフガングに向けた視線は、少し寂しそうだ。

「……せっかくお会いできたのに、一晩限りとは残念です」

「ワシもそう思いますよ。昔話は、また今度時間がある時にでも」

 そうして、二人は視線を交わし合っていた。



 そんなやり取りを思い出しながら、私は口を開いた。

「王城でお世話になりたいそうです。裁判の通達があった後、モンリーズ家に迷惑はかけられないと」

「なるほど。殊勝な考え方だ」

 アレクサンドは納得したように頷いて微笑む。

「では、帰宅後に彼には王城に来るよう伝えて欲しい。晩餐の席を用意しておくよ」

「ありがとうございます」

「シルヴィア殿も、この度は本当に感謝する。これで故郷の名誉が回復し、罪人に罰が与えられるよう私も尽力しましょう」

 アレクサンドに話を振られて、シヴァも軽く会釈をする。そうして、私達は解散した。





 ***





 その日の放課後、ロミーナはステファンに王族専用食堂に呼び出されていた。
 放課後の王族専用食堂は西に傾き始めた太陽の光が大きな窓から差し込み、濃い影を床に落としていた。昼食時の賑わいは消え、高い天井に反響するのは自分たちの足音と、遠くの廊下を通り過ぎる生徒たちの微かな話し声だけだった。

「急に呼び出しテ、話とは何ですカ?」

 このようにステファンがわざわざロミーナを呼び出すのは珍しい。だいたいは人目があるところで必要事項について話をし、人目が無い所で伝えたい内容は手紙を通して行うのが常だ。
< 94 / 119 >

この作品をシェア

pagetop