女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します

第九十四話 平穏な日常

「急で申し訳ない。だが、伝えておきたいことがあったんだ」

 先に待っていたステファンは、ロミーナに声を掛けられて振り返った。その表情はいつもと変わらない無表情だが、赤い瞳には覚悟を決めたような明確な意思が伺える。

「学園祭終了後、大事な話をするために時間が欲しい」

 その言葉に、ロミーナは息を飲む。

(ああ、とうとうこの話が来たのね……)

 ずっと前から、薄々分かっていた。自分から言おうと、覚悟も決めていたことだ。しかし、どうやら先に覚悟を決めたのはステファンの方だったらしい。
 きっと、次に二人で話をする時には、婚約を解消することになるのだろう。
 両親から何て言われるのか。一人身になった自分の立場。周囲からの陰口や噂話。様々なことを想像し、再び不安がロミーナを襲う。以前から覚悟はしていたはずだが、こうして現実味を帯びていくと心臓が縮こまりそうになる。しかし、ロミーナは自分を奮い立たせてまっすぐ前を向いた。

「……そうですネ。私モ、ずっと言いたかったことヤ、謝りたかったことがあるんでス」

 こうして心の整理のための時間をくれるのが、ステファンなりの優しさなのだと知っているから怖気づいてはいけない。ステファンも、薄々何を言われるのか予想はしているのだろう。ロミーナの言葉を静かに聞いていた。

「分かりましタ。よろしくお願い致しまス」

 深く一礼し去っていくロミーナ。ステファンが軽く頷いたのを見て、彼女は足早にその場を後にした。





 ***





 休暇明けの学園は、学園祭に向けての話題で盛り上がっていた。校舎の至る所で出し物の相談に熱を上げる生徒たちの声が響き、廊下を足早に通り過ぎる者たちの足音もどこか弾んでいる。楽しげな雰囲気に、窓から差し込む日差しに舞う埃さえも一瞬お祭り会場で舞う紙吹雪に見えてしまう程だ。、普段の厳格な雰囲気が少しだけ緩み、誰もが浮き足立った空気に身を委ねている。しかし、私の周囲は少し違った。

「シヴァが戻ってきて良かったわね」

「本当に。萎れたように落ち込んでいるのを見ていたので、心配していました。元気そうで良かったです」

 休暇中もずっと落ち込んでいた姿を見せていたのだ。イザベラとヤコブは、休憩時間の雑談のたびに揶揄うようにその話をした。休暇明けからずっとその話をされているので、耳にタコができてしまいそうだ。
 現在私達は、二学年目の校舎から王族専用食堂へと移動している最中だった。合流したシヴァが一番後ろに控えているが、彼に聞こえていてもおかしくない声量で話されるので、なんとも恥ずかしい。

「それで、再会した後何かあったの⁉ 親友にくらい、教えてくれてもいいわよね」

「何かって、何があるんだ?」

「あ、私も知りたいです!」

 私とシヴァの関係を何も知らないレオナルドとメロディがきょとんとした顔をしている。揶揄うようにニヤニヤとイザベラは笑っているが、まさか二人の前でシヴァとの関係を話すわけにはいかない。不満を伝えるように睨み返すと、イザベラは誤魔化すように明後日の方を向いた。本当に、自分の色恋にはとんと興味がないくせに、他人の話には興味津々だから困る。こんなんでアレクサンドは大丈夫なのだろうか。

「べ、別に大した話じゃないわよ。秘密よ。ひみつ!」

 そう私が一言返すと、レオナルドは教えてくれと強請ってくる。そんな彼を見てメロディは無理強いはいけないと止めてくれた。さすがヒロイン。優しい。
 こんな私達のやり取りをどんな目で見ているのだろう。それが気になり後方を見ると、俯きながら歩いていたシヴァが私の視線に気づき顔を上げる。ばっちり目が合ってしまうとふっと微笑まれ、私は恥ずかしくなって慌ててイザベラと同じく明後日の方向を向いた。……この状況であの表情はズルすぎる。



 昼食を終え、私達はいつものようにメロディの勉強に付き合っていた。真面目な彼女は休暇中も研鑽を積んだのだろう。所作が様になってきている。

「うん。これなら良い出来よ」

 紅茶を飲む一連の動作を見て、隣で座って見ていたイザベラが合格判定を出してくれる。その言葉に、彼女はぱっと明るい表情で喜んでいた。レモン色の瞳は、食堂の隅で一人読書をしていたステファンの方を向く。視線に気づいた彼は顔を上げると、小さく頷いていた。それだけで嬉しかったのか、メロディの表情がさらに明るくなる。そんな二人のやり取りを見て、何を思いついたのかイザベラはメロディの耳に口元を寄せた。

「そういえば、ステファン様って実はサンスリード公爵家の中でも魔力が強い方なんですって。でも、騎士の家系でしょう? 剣で戦う時に、何か補助できる魔法を調べて教えてあげたら喜ぶかもしれないわよ」

 すぐ隣にいた私には、その囁きはよく聞こえていた。話を聞いてメロディはぽっと顔を赤らめる。
 確か、イザベラ達の話によるとステファンの正規ルートがそれらしい。剣での実力に限界を感じたステファンが悩んでいるところに、魔力に秀でたメロディが彼のために何かをしたいと様々な魔法を調べる。この国では剣士は一般的に戦闘では使えないほど魔力が少ない場合が多いが、他の国では魔法剣士と言う道もあるのだと知りステファンにそれを教え、共に目指していくというのが大まかな流れだ。
 ここまで関係性が良好なら、ステファンルートを進む後押しがしたいと言ったところだろうか。
 話を聞いたメロディは小さく頷くと、拳を握って小さくガッツポーズをする。

「それなら、いつもお世話になっているし、やってみます!」

 なんとも明るく元気な彼女らしい動きだ。そんな様子を微笑ましく見ていると、視界の端にドアの陰からこっそりとこちらを見てくるロミーナの姿が目に入った。視線を向けると、ちょいちょいと手招きしてくる。何の話だろうかと首を傾げて、私はロミーナの下へ向かった。
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