女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します

第九十五話 はじめての感情

 廊下へ出るとロミーナは周囲をキョロキョロと見回していた。誰かを探しているのか、それとも隠れたいのかはよく分からない。

「ロミーナ嬢?」

「リリアンナ。内密に話があるんですけど……」

 ああ、どうやら人払いがしたかったらしい。王族専用食堂はメロディやイザベラがいるし、廊下は誰か来るかもしれない。ここまで周囲を警戒しているなら、今回ばかりはシヴァも連れてはいけないだろう。
 ロミーナに頷くと、私は後方から付いてこようとするシヴァを制止するよう合図を送った。理解してくれたのかシヴァは小さく頷き、再び食堂内へ入っていく。私はロミーナの手を取って、人気のない場所を探すことにした。

 しばらく歩き、やって来たのは依然と同じ中庭の片隅だった。ベンチを使わず、さらに奥に入っていけば、周囲の人々から距離を取れる。

「どうかしたんですか?」

「あノ、実ハ……」

 そこで私はステファンと学園祭後に話しをすると教えてもらった。十中八九、婚約解消についてだろう。そうロミーナは予想しているようだ。私もそう思う。

「リリアンナには話しておきたかったんでス。色々お世話になりましたシ、一人身になった後も助けになって欲しくテ」

「それはもちろん」

 少し不安そうにするロミーナに笑いかけると、彼女はほっと息を吐く。手を握ってあげると、彼女もぎゅっと手を握り返してくれた。

「後は新しい婚約者を見つけないとですよね。アマトリアン辺境伯領の後を継ぐつもりですか? それとも、結婚して家を出てしまうつもりで?」

「両親の所へ戻るのハ……できれバ、アマトリアン辺境伯領から離れた場所デ、両親から干渉されずに暮らせたら良いんですガ」

 深く考え込むロミーナ。私もちょうど良い相手がいないかと考えこむ。



「それなら、僕なんかどうですか?」



 すぐ後ろの茂みから声がした。私とロミーナが振り返れば、頭に葉っぱを乗っけたセドリックがニコニコと笑いながら立っていた。





 ***





 王族専用食堂に残されたイザベラとメロディは、相変わらずお茶会の練習をしていた。所作についてイザベラからアドバイスをもらい、服の皺一枚、レースの重なる位置まで細かな指摘が入る。それに答えつつも、メロディの頭は先程教えてもらった話で頭がいっぱいだった。

『そういえば、ステファン様って実はサンスリード公爵家の中でも魔力が強い方なんですって。でも、騎士の家系でしょう? 剣で戦う時に、何か補助できる魔法を調べて教えてあげたら喜ぶかもしれないわよ』

 イザベラから受けた話は、以前変装魔法でステファンと出かけた際に本人から聞いていたのだ。これ以上強くなれない自分にイライラしてしまうのだと。どうにかしてあげたいと思ってはいたが、まさかそのヒントをイザベラからもらえるとはメロディは思っていなかった。むしろ、あれこれと頭を悩ませていた自分に対し、あっさりとその結論を出せてしまうイザベラが羨ましくも感じる。

(イザベラ嬢は、いつも色々教えてくれて、親切で、優しくて……なのに)

 紅茶のカップを持つ手に力が入ってしまう。指先の動きに気を付けるようにとイザベラに言われ、メロディは慌てて力を緩めた。

(私よりもステファン様のことをちゃんと考えていたと思うと、胸が苦しい)

 今までメロディはただの平民として暮らしていた。平民の子供達は、みんな家族や兄弟のように仲が良い。だからメロディは、今まで誰のことも異性として意識したことが無かった。誰も彼もが”仲の良いお友達”で、誰かが他の誰かのことを考えていても親切程度にしか認識していなかった。自分以外に仲の良い人間がいても、嫉妬などしない。みんな平和で、みんな仲が良ければ、それが一番。そういう価値観で育ってきた中で、ステファンに関してだけは自分以外が彼と深く関わっているという事実に胸を痛めてしまう。その原因がよく分からなかった。

(まさか、イザベラ嬢もステファン様のこと……)

 そこまで考えて、一瞬メロディの思考は止まる。今まで浮かんだことの無い考えに、頭が真っ白になった。
 イザベラはアレクサンドに微笑まれただけで頬を染めてしまう。きっと彼女が好きなのはアレクサンドの方だ。それは理解しているはずなのに、彼女もステファンが好きなのだと考えると胸に暗い感情が湧いて出てきてしまう。イザベラもステファンが好き、みんなが仲が良い世界なら、それで良いはずなのに。

(ああ、私……)

 そこではじめて、メロディはその感情を理解した。

(ステファン様が好きなんだわ)

 平民の女友達から聞いていても、よく理解できなかった感情だ。誰かが誰かを独占したいとか、そんなのは良くないと思っていたのに、今自分はステファンと一番仲が良く、彼を一番知っているのは自分でありたいと思っている。

(でも、ステファン様にはアマトリアン嬢という婚約者がいるし。イザベラ嬢も、アレクサンド様にはリリアンナ嬢という婚約者がいる……私達、同じなのね)

 そこまで考えると、黒いもやもやとした感情が消えていくのが分かった。自分と同じように、きっとイザベラも悩んでいるはずだ。この感情は、自分一人のものではないのだと思い彼女は胸を撫で下ろす。
 その二組がまさか婚約解消を考えているなんてことを、メロディは知らなかった。
< 96 / 119 >

この作品をシェア

pagetop