女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します

第九十六話 ロミーナとセドリック

「それなら、僕なんかどうですか?」

 そう言って目の前に現れたセドリックを見た途端、ロミーナは顔を青ざめさせた。対するセドリックはといえば、大きな菫色の瞳を細めて優しそうに微笑んでいる。ブロンドの髪が陽光に煌めいて、彼の機嫌の良さを表しているようだった。

「セドリック様……どうしてここニ⁉ ちゃんと撒いたはズ!」

 ロミーナは彼を見てそう叫ぶ。こそこそ隠れていると思ったら、どうやらセドリックから逃げていたようだ。後ろに下がっていくロミーナとは対照的に、セドリックはずんずん距離を詰めていく。

「まっ……待った!」

 さすがに見ていられず、間に割り込む。ロミーナを背に隠すと、彼女はほっと息を吐いた。セドリックはと言えば、少し拗ねたように唇を尖らせている。幼げな顔立ちがそんな表情をするのは可愛すぎて、つい我儘を聞いてあげたくなってしまうがそうもいかない。

「セドリック様、ロミーナ嬢の話もちゃんと聞きませんと。それに、淑女の話を盗み聞きするなんて紳士らしくありませんわ」

 私がそう訴えると、明らかにしゅんと落ち込んで見せた。いちいち反応が分かりやすくて、外見も相まって小動物のような可愛さがある。

「……ごめんなさい。先輩の話なら知っておきたかったから」

「仲の良い人のことを知りたいのは分かりますが、やっていいことと悪いことがあります」

「……えっト、リリアンナ。その辺デ、もういいですかラ」

 私に詰められてどんどん縮こまっていくセドリックを見て、さすがに心配になったのかロミーナが止めに入った。なんだかんだ優しくて甘いのだから、セドリックが懐いてしまったのも頷ける。

「とりあえず、セドリック様のお話は放課後にでも聞いてあげますから。今はロミーナ嬢の話をゆっくり聞かせて下さい」

「本当にごめんなさい。でも僕、本当にそれが良いと思ったから声を掛けたんだ」

 ぺこぺこと何度も頭を下げて、セドリックは去っていった。その様子を見送り、彼の姿が見えなくなったことを確認するとロミーナの方へ振り返る。ロミーナは頭を抱えてため息をついていた。ステファンとの婚約解消だけでなく、セドリックとのことも何か話を聞いてあげた方が良さそうだ。

「それで、ステファン様とのことは分かりましたけど……セドリック様とは何があったんですか?」

「実ハ……」

 それから語られる話は、私にとっては意外なものだった。私はてっきり、ロミーナとセドリックは友人として仲良くしているのだと思っていたから。男女や年齢の差がありロミーナは遠慮してしまうが、その程度の問題だろうと。
 実際は、セドリックの距離感があまりにも近すぎると言うのだ。セドリックがロミーナに懐き、仲良くしようと思っているのは分かる。それにしても、あまりにぐいぐい来られてしまい引いてしまったというのだ。今回の件も、そのことがありセドリックに相談はできなかった。彼に相談したら、何をしでかすか分からないからと。
 今思うと、ゲームではメロディは「人類皆友達!」みたいな思想の女の子だった。平民として近所の人々と協力して生活してきた分、面倒見はよく年下からも慕われやすい。ゲームでのセドリックも、メロディのそんな面に惹かれていたのだろう。昔、ライハラ連合国で親戚たちと兄弟同然に育ったというロミーナは、それに近しいものがある。きっとセドリックはそこに惹かれ、懐いたのだ。
 しかし、問題はそれ以外のメロディとロミーナの差だ。メロディは平民育ちでよく言えばフレンドリー、悪く言えば距離感の近いコミュニケーションを取る人間。対してロミーナは、良くも悪くも貴族の令嬢としての意識が抜けていない。親しくはするが、一定以上はむやみに入り込まないのが貴族としての常識的な行動だ。メロディには通用した距離感がロミーナには通用しない。そして、セドリック自身にその悪気は全くない。

「別ニ、セドリック様のことは嫌いではないんでス。親しくしてくれるのモ、気を使ってくれるのも嬉しいト……でモ、これ以上ハ」

 ロミーナの反応はどうにも煮え切らない。これではセドリックと話す時にどういう方向性に持っていけば良いのか分からない。セドリックとの婚約の話を受け入れるのか、それとも全くその気がないのか。

「……ロミーナ嬢は、どう思いましたか? 先程の言葉」

「エ?」

 私の言葉に、ロミーナは目を見開いた。

「ステファン様と婚約を解消した後、セドリック様を婚約者にするという話。本気で嫌なら、私がそのように伝えておきますけど」

 ロミーナはそう言われると、困ったように俯いた。視線はキョロキョロと忙しなく、明らかに迷い、困っているのが分かる。この様子では、すぐに答えは出ないだろうか。
 返事を待っていると、チャイムが鳴った。授業開始まで後5分。急いで教室に戻らなくてはいけない。

「あ、もうこんな時間! ロミーナ嬢、話は後で聞きますから、考えておいて下さいね!」

 それだけ言うと、私は校舎へと走り出した。

 ぱしっ

 急に腕を掴まれ、振り返るとロミーナは眉を顰めながらも綺麗なアプリコットの瞳でこちらを見つめていた。

「本気デ、絶対に嫌とカ、セドリック様が嫌いとカ、そうじゃないんでス! ……今分かるのハ、ただそれだけデ……」

 困ったような表情をしているのに、その瞳はどこまでも真剣だ。きっと今、ロミーナが振り絞れる言葉はここまでなのだろう。

「分かりました。また今度話しましょう」

 笑顔で返事をすると、ロミーナは私の手を離し小さく頷いた。



 教室に戻ろうとするとシヴァがこちらへ走ってくるのが見えた。急いでいる私達を見て、いつぞやのように私を抱えて走ろうかと提案される。ロミーナの前でそれはどうなんだと思ったが、ロミーナは気にせず先に行ってくれと促してくれた。それにより、シヴァは遠慮なく私をお姫様抱っこして、凄いスピードでその場を走り去った。

「さすがシルヴィア嬢……」

 ロミーナが憧れの人を見るように、シヴァをキラキラとした目で見ていたことは気にしないようにしよう。
< 97 / 119 >

この作品をシェア

pagetop