女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します

第九十七話 人の距離感

 その日の放課後。帰り支度をしている私の所に、女子生徒がやって来る。

「モンリーズ令嬢、失礼致します。お客様がいらしていますわ」

 あまり普段話すことがない生徒なので何事かと思っていたが、人が来たことを知らせてくれたらしい。お礼を言い廊下に出ると、壁際にセドリックが立っていた。普段上の学年の校舎には来ないからか、二学年目の女子生徒達に囲まれている。

「本当に一学年ですの? まあ、飛び級? 素晴らしいわ」

「どうして二学年に?」

「もしかして、ここに婚約者様でもいらっしゃるの?」

「可愛らしい方ね」

 明らかに一学年よりも年下だし、小柄で見目の良いセドリックだ。将来のための青田買いと思って、婚約者の座を狙う女子生徒も多かったのだろう。大半の女子生徒よりも背が低いセドリックは、囲んできた女子生徒からの物凄い勢いに圧倒されて困った顔をしている。見ていられず、私は彼の下へ駆け寄った。

「私の客人に、何か用ですか?」

 私の声に振り返った女子生徒達は顔を青ざめさせると、慌てて去っていった。残されたセドリックはぐったりしている。
 放課後に話をすると言ってあったのだ。わざわざここまで迎えに来てくれたらしい。

「モンリーズ嬢、お呼びしてしまい申し訳ありません」

 綺麗に礼をするセドリックは、教育の行き届いたごく一般的な令息にしか見えない。何故あんなにも、ロミーナ相手だと距離感がおかしくなってしまうんだか。

「いえ、大丈夫です。食堂で話しますか?」

 私の言葉にセドリックは頷くと、一緒に王族専用食堂へ向かった。もちろん、途中でシヴァと合流するのも忘れない。さすがに婚約者でもない異性と二人っきりで話すわけにもいかないので、誰かには傍にいてもらわないと。



 大きな窓から夏の終わりの強い光が差し込み、磨き上げられた無人の長テーブルに眩しい直線を引いている。昼食時の喧騒が嘘のように消えた室内は、自分たちの呼吸音さえも反響するほど静まり返っていた。外から微かに聞こえる下校中の生徒たちの笑い声が響き、この王族専用食堂の静けさを際立たせている。
 机を挟んでセドリックと向かい合って座った私は、さっそく口を開いた。

「それで、セドリック様はロミーナ嬢のことをどうお思いなんですか? あんなに付きまとってしまっては、不審に思われても当然です。何か理由があるんですよね?」

 対面するセドリックは、少し緊張しているのか体に力が入っている。若干上ずったような声で話し始めた。

「せっかく仲良くなれたから、何か助けになれたらと。そう思っただけなんです」

「それにしてはちょっと、距離が近すぎるような気がするのですけど……」

「そうなんですか? 仲良くなれたら、あの程度は当然だと思っていました」

 セドリックは困ったような不思議そうな表情をしている。本当に、自分の行動の問題がよく分かっていないのだろう。
 生まれつき魔力が多かったセドリックは【透過】という性質により、存在感が薄くなり危うく家族から忘れられて育児放棄状態になるところだった。母親の身が苦労して育て上げてくれたが、近しい年齢の者も、兄妹も、誰もセドリックを認識してはくれないし覚えてはくれない。【透過】がコントロールできるようになるまで、ずっと一人でいるしかなかったセドリックの孤独は理解できる。それによって、他人との距離感が狂ってしまったことも想像は可能だ。

「いいえ。あそこまでは近すぎます。元々、ロミーナ嬢とは仲良く出来ていたんですよね?」

「はい。だから、もっと仲良くなりたくて……」

 そう。今までは普通に二人は仲良くなってきていると思っていたから、私も特に干渉しなかったのだ。ステファンと離れ孤独になるロミーナを、彼女を慕っているセドリックならば支えになってくれて自然と仲良くなっていくだろうと。そうしてステファンとメロディのことに集中していればこれだ。人間関係と言うのはなんとも難しい。

「サンスリード様と何かあったみたいだから、力になりたいと思ってたんですけど、途中から何故か避けられているような気はしていたんです。でも、理由が分からなくて……」

 落ち込んだ様子のセドリックは、本気でロミーナの身を案じている。

「先輩は、怒っていましたか? もう僕のことは嫌いになっていましたか?」

 本当に純粋にロミーナが好きで、仲良くなりたくて、ただその一心で行動して距離感を間違えてしまっただけ。

「そんなことはありません。話を聞いてみても、怒っているというよりも困っているだけみたいでした」

「それなら良かったです。嫌われていたら僕、どうしたら良いかと……」

 私の言葉にセドリックはほっと胸を撫で下ろす。緊張が解けたのか、ようやく体から力が抜けた。ようやく笑顔を見せるセドリックは可愛らしい。ゲームでの、あの純粋で明るいセドリックのままだ。

「ただ、距離感を間違えてはいけません。私達は貴族。家の話など、触れられたくない話もあります。それを見極めて、遠回しに話したりすることもあるんですから。他人の婚約話なんて家の重要な話なら、尚のことでしょう」

「仲良くなったら、そういう話も普通にするかと思ってました……」

「親しい女友達ならいざ知らず、セドリック様とロミーナ嬢は異性ですからね?」

「同性の友人と異性の友人は違うのですか?」

 本当に、価値観がズレてしまっているだけなのか。悪意が無いから質が悪い。でも、逆に言えばちゃんと教えてあげれば修正は可能だ。

「そうですよ。例えば、先程の私の教室前でご令嬢方に囲まれていましたよね? あれは、どう思いましたか?」

「あれこれ言われて、困りました」

「それがロミーナ嬢がセドリック様にあれこれ質問されて困っていたのと同じ感情です。近すぎると困ってしまうんですよ」

 私の言葉に納得したのか、セドリックは真面目な表情で頷いた。理解はしてくれたらしい。

「相手と仲良くなりたいのなら、その距離感や対応も考えないと。ロミーナ嬢が困っていることには気づけていたなら、後はちゃんと理由を察して引くだけです」

 セドリックはこくこくと何度も頷く。日本の赤べこを思い出して、愛嬌がある仕草だ。そんな感じに和んでいたが、私は思い切って彼に大事な質問を投げかけた。

「……セドリック様は、ロミーナ嬢との婚約の話は本気で言っていたのですか?」
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