【番外編更新】虐げられた私の身代わり婚約、そして見つけた幸せ

第34話 囮

 風が優しく頬を撫でた。不思議と心が静かだ。
 公爵様へ囮になると宣言してから、私はガゼボで本を読み耽っていた。かの伯爵の様子であれば、今日もまたこの屋敷へ来るだろうと考えて。
 今日の読書のお供は魔法書である。王国の魔法書ではなく、帝国で作られている魔法書ではあるが。

 ページをめくっていると、遠くから門の開く音が聞こえる。近づいてくる足音は一人分。娘のエルシーはいないのだろう。
 テーブルの前で足音が止まる。私が顔を上げると、そこにいたのは満面の笑みの伯爵だった。私は言葉を発することなく、軽く頭を下げる。
 すると、歓迎されていると考えたのか、伯爵は私に話しかけてきた。

「お嬢様、以前のお話、考えていただけましたでしょうか?」
 
 彼は楽しそうにニマニマと笑う。まるで私の答えは決まっている、と言わんばかりに。
 周囲に私の行動を見られないよう小さく頷けば、やはり予想通りの答えだったのだろう。更に上機嫌になったのか、口角が上がりっぱなしだ。

「そうでしたか。では、私の手の者からまた連絡を差し上げます。まずはこれを――」

 机の上へとそっと置かれる紙。私は立ち上がって、紙を受け取る。どうやら今後のやり取りの仕方が書かれているようだ。
 一度目を通してから、私は元の位置に戻す。口角が上がりそうになるのを堪えつつ、無表情を取り繕っている私を見て、伯爵は満足げだ。
 
 彼は紙を回収した後、軽い足取りで背を向けて帰っていった。
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