この夜の意味〜声にできない恋を隠したら、完全無欠な御曹司の本気スイッチ入りました〜(旧:RISKY〜不敵な御曹司との恋は避けるべき〜)
「そうか。ひとまず、これだけ着てみてくれないか?」
ようやくこちらを向いたかと思えば、いきなり両手いっぱいのスーツを押し付けられる。
「これ、全部ですか?」
私にははっきり言って、色の違いくらいしかわからない。彼らのような目の肥えたお金持ちには、どれも全く違ったものに見えるのだろうか。
「僕はここで待っているから。終わったら出てきて」
あっけにとられる私を強引に試着室の中に押し込め、否応なくカーテンが閉められる。
彼は見ただけで私のサイズがわかったらしく、丈もウエストもどれもぴったりだ。潜入取材をしたときに何度か男装した経験があるからか、男ものを着ることに対して抵抗はない。
袖を通した自分の姿を見てもあまり違和感は感じられず、得意げな表情でカーテンを開く。
彼はというと、店内の雰囲気にぴったりなアンティーク調のソファで、先が長く丸みを帯びた漆黒の革靴をクロスさせ、手元のパソコンと睨み合っていた。私の姿が見えたことに気づくと、頭からつま先までくまなく見渡し、険しい顔で首を横に振る。そして、またパソコンに目を落とす。
それから、もう同じ動作を何度繰り返しているだろうか?ずっとダメだ、ダメだの一点張りで私の我慢も限界を迎えていた。
「社長は一体、何が気に食わないんですか?」
「僕さえ欺けないのに、彼らの目を欺けると思う?分かったなら、ほら。続けて」
私自身が自覚を持っていないのに、どうやってそれを隠すというのか。
「まあ、あとは小物でなんとかするか」
彼もさすがにこれ以上は時間をかけられないと、最後に見せた紺色の一着で妥協してくれたらしい。ソファから腰を上げ、ショーケースの中にある先が角張った焦茶色の革靴を迷いなく手に取る。
彼は延々とソファに座って、遠くからただ指示を出すだけだった。
なのに、それを持っていきなり近づいてくるから、思わず体にも力が入る。しかも目の前の彼は、なぜか屈んだまま微動だにしない。
「社長?」
「こういうときは黙って厚意に甘えるもんだ」
これがお得意の「紳士的な行動」というやつなのだろうか。断ることで変に意識していると思われるのも癪に触るし、私は素直に気遣いを受け取る。
いつも黒いジャケットで覆われているその肩は、想像よりもはるかに頑丈で、私を支えるには十分すぎるものだ。
それにしても、距離が近すぎやしないか。顔を上げれば視線がぶつかってしまいそうな気がして、容易く動かすことすらできない。彼の体温もとても近く感じられて、どうも居心地が悪い。
この瞬間から今すぐ抜け出したい。その一心で出来る限り早く、社長の肩から手を離す。
ようやく立ち上がった彼は、なぜかきつく締めていた黒色のネクタイを片手で緩めて、一気にほどいていく。そして何をするかと思えば、クルッと体の向きを反転させられ、鏡の前には私と彼。二人の姿が映っている。
私は彼と視線が交わらないように、反射的に目を泳がせる。が、彼はそんなことお構いなしに、鏡から一瞬たりとも目を離さない。そのうえ目線の高さを合わせるようにわざと足を屈めてきて、平然と自分の手に持つ黒のネクタイを私に身につけていく。
息を吸うタイミングすら見透かされてしまいそうな距離感に、気を抜くと呼吸の仕方までも忘れそうになる。
鏡に映るのは実像ではないと分かっている。でもその手の温かさは妙に現実味を帯びていて、まごうことなき彼のものだ。彼の手が時折肌をかすめるたびに、私の体は小さく跳ね上がる。この弾みがどうか伝わっていないことを願う。
「ネクタイなんて普段つけないだろ?覚えられるか?」
しっかりと確認しなければならないのに、私はどうしても彼のように鏡をじっと見つめることができない。首筋をくすぐる彼の息遣いに気を取られ、さっきまではっきりと見えていた虚像も、不思議と霞んで見える。
「ちゃんと見てる?」
静かな私に異変を感じ、鏡ばかり見ていた彼もやっと目線をずらす。とんでもない距離の近さに、ようやく気がついたのだろうか。きまりが悪そうに背を向けられ、私の乱れた呼吸は整っていく。
それから、こちらに顔を見せることは一切なく、慌ただしく帰り支度をしている。
「僕は先に出ているから。君もさっさと覚えて、早く帰りなさい」
「はい」
「次の仕事は、三日後の19時からだ。日帝ホテルに直接向かうように。わかったね?」
ようやくこちらを向いたかと思えば、いきなり両手いっぱいのスーツを押し付けられる。
「これ、全部ですか?」
私にははっきり言って、色の違いくらいしかわからない。彼らのような目の肥えたお金持ちには、どれも全く違ったものに見えるのだろうか。
「僕はここで待っているから。終わったら出てきて」
あっけにとられる私を強引に試着室の中に押し込め、否応なくカーテンが閉められる。
彼は見ただけで私のサイズがわかったらしく、丈もウエストもどれもぴったりだ。潜入取材をしたときに何度か男装した経験があるからか、男ものを着ることに対して抵抗はない。
袖を通した自分の姿を見てもあまり違和感は感じられず、得意げな表情でカーテンを開く。
彼はというと、店内の雰囲気にぴったりなアンティーク調のソファで、先が長く丸みを帯びた漆黒の革靴をクロスさせ、手元のパソコンと睨み合っていた。私の姿が見えたことに気づくと、頭からつま先までくまなく見渡し、険しい顔で首を横に振る。そして、またパソコンに目を落とす。
それから、もう同じ動作を何度繰り返しているだろうか?ずっとダメだ、ダメだの一点張りで私の我慢も限界を迎えていた。
「社長は一体、何が気に食わないんですか?」
「僕さえ欺けないのに、彼らの目を欺けると思う?分かったなら、ほら。続けて」
私自身が自覚を持っていないのに、どうやってそれを隠すというのか。
「まあ、あとは小物でなんとかするか」
彼もさすがにこれ以上は時間をかけられないと、最後に見せた紺色の一着で妥協してくれたらしい。ソファから腰を上げ、ショーケースの中にある先が角張った焦茶色の革靴を迷いなく手に取る。
彼は延々とソファに座って、遠くからただ指示を出すだけだった。
なのに、それを持っていきなり近づいてくるから、思わず体にも力が入る。しかも目の前の彼は、なぜか屈んだまま微動だにしない。
「社長?」
「こういうときは黙って厚意に甘えるもんだ」
これがお得意の「紳士的な行動」というやつなのだろうか。断ることで変に意識していると思われるのも癪に触るし、私は素直に気遣いを受け取る。
いつも黒いジャケットで覆われているその肩は、想像よりもはるかに頑丈で、私を支えるには十分すぎるものだ。
それにしても、距離が近すぎやしないか。顔を上げれば視線がぶつかってしまいそうな気がして、容易く動かすことすらできない。彼の体温もとても近く感じられて、どうも居心地が悪い。
この瞬間から今すぐ抜け出したい。その一心で出来る限り早く、社長の肩から手を離す。
ようやく立ち上がった彼は、なぜかきつく締めていた黒色のネクタイを片手で緩めて、一気にほどいていく。そして何をするかと思えば、クルッと体の向きを反転させられ、鏡の前には私と彼。二人の姿が映っている。
私は彼と視線が交わらないように、反射的に目を泳がせる。が、彼はそんなことお構いなしに、鏡から一瞬たりとも目を離さない。そのうえ目線の高さを合わせるようにわざと足を屈めてきて、平然と自分の手に持つ黒のネクタイを私に身につけていく。
息を吸うタイミングすら見透かされてしまいそうな距離感に、気を抜くと呼吸の仕方までも忘れそうになる。
鏡に映るのは実像ではないと分かっている。でもその手の温かさは妙に現実味を帯びていて、まごうことなき彼のものだ。彼の手が時折肌をかすめるたびに、私の体は小さく跳ね上がる。この弾みがどうか伝わっていないことを願う。
「ネクタイなんて普段つけないだろ?覚えられるか?」
しっかりと確認しなければならないのに、私はどうしても彼のように鏡をじっと見つめることができない。首筋をくすぐる彼の息遣いに気を取られ、さっきまではっきりと見えていた虚像も、不思議と霞んで見える。
「ちゃんと見てる?」
静かな私に異変を感じ、鏡ばかり見ていた彼もやっと目線をずらす。とんでもない距離の近さに、ようやく気がついたのだろうか。きまりが悪そうに背を向けられ、私の乱れた呼吸は整っていく。
それから、こちらに顔を見せることは一切なく、慌ただしく帰り支度をしている。
「僕は先に出ているから。君もさっさと覚えて、早く帰りなさい」
「はい」
「次の仕事は、三日後の19時からだ。日帝ホテルに直接向かうように。わかったね?」