この夜の意味〜声にできない恋を隠したら、完全無欠な御曹司の本気スイッチ入りました〜(旧:RISKY〜不敵な御曹司との恋は避けるべき〜)
でも彼と過ごした日々。いや、せめてあの一夜だけでも嘘にはしたくなかった。履歴には彼からの通知は一件もない。いくら私の中で気持ちが膨らんだって、受け止めてくれるところはどこにもないということだ。

もう、この復讐は父のためだけではない。彼にとって痛々しいほどに刃を向ける存在になってしまえば、きっとこの止められない気持ちを、押さえ付ける力になってくれる。

本当に好きだったから。もう私は、ただ一つさえ聞ければ十分だ。大きな水たまりの中で行き場を失ったように留まっていた影は、戻るべき場所を思い出したように、再び立ち上がる。ぐっしょりと重くなったスニーカーを懸命に引きずりながら、彼に最後の一言を求めて……。

玄関には先の大きく尖った見慣れない革靴が消え、あの男はもうここにはいないという証拠がしっかりと残っている。

良かった、まだ辛うじて二人の日常は続いている……。

私は明かりを頼りに、探し求めるその人の姿を追って、パウダールームのドアを開ける。すると水垢ひとつない、すべてをありのままに映す鏡越しに、見事に顔だけびっしょりと濡れた彼と目があった。

「傘もささずに出ていたのか?」

彼が顔を拭うために用意していたであろう、一枚のタオルが頭上からふわりと落ちてきて、その被さってきたものによって視界も真っ白になる。

「ほら、後ろ向きなさい」

濡れた髪を拭いてくれる彼の指先は小刻みに震え、まるで初めて会ったときのように距離のある口ぶりだ。私は明らかな異変を感じる。

「社長?何かありました?」

「良いから。今日のところは、そのまま振り替えらずに帰りなさい」

「私、話があって...」

「また、会社で聞くよ」

「社長?」

私たちの未来には社長が言うような「また」はない。別に、この部屋に居場所を求めて帰ってきたわけでもない。

その一言、たった一言がほしくてここにいる。彼の言葉は今の私を止められるものではなく、その命令には従えないと意思表示するように、身体をグルリと回転させる。

すると、彼の肌は青白く血の気が引いているのに、頬だけ異様に赤く腫れ上がっていた。
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