『沈黙のプリズム ―四人の約束―』
第4章「放課後の涙」
放課後のチャイムが鳴り終えた教室は、
一日の熱を少しだけ残して静まり返っていた。
窓の外では、沈む夕陽が西の空を茜色に染めている。
瑠奈は、誰もいない教室の隅でノートを閉じた。
ページの端には、今日も走り書きのまま残った文字――
《強くならなきゃ。平気なふりをする練習》
その一行が、かすかににじんでいた。
(もう……泣かないって決めたのに)
小さく息を吸って顔を上げた瞬間、
ドアの向こうから二人の笑い声が聞こえた。
「麗華、今日も助かったよ。あの資料、君がまとめたんだろ?」
「うん、悠真くんが忙しそうだったから」
「ほんと、助かる」
(また……)
瑠奈の胸が締めつけられる。
“助かる”――その言葉は、かつて自分が言われた言葉。
けれど今、それはもう彼女のものではない。
扉が開く。
悠真と麗華が教室に入ってくる。
ふとした拍子に、三人の視線が交わった。
「瑠奈ちゃん、まだ残ってたの?」
「……うん。少しノートを整理してただけ」
麗華は軽く笑い、机の上のノートを覗きこむ。
「真面目ね。ねえ、悠真くん、見て。こういうところ、尊敬しちゃう」
「……ああ」
悠真は曖昧に笑った。
その笑顔に、瑠奈の胸の奥で何かが静かに崩れた。
何も悪くない。
誰も悪くない。
なのに、どうしようもなく痛かった。
「じゃあ、行こうか」
悠真が麗華に向かって言った。
「打ち合わせ、もうすぐ始まる」
「うん」
二人が教室を出ていく。
扉が閉まる瞬間、瑠奈の喉が小さく震えた。
――どうして、置いていくの。
――どうして、笑っていられるの。
気づけば、頬を伝うものがあった。
視界がぼやけ、ノートの罫線が涙で滲む。
「瑠奈……?」
声がして、振り向けば拓也が立っていた。
彼は静かに近づき、机の上の濡れたページを見つめる。
「泣くなよ」
「……泣いてない」
「嘘つけ。目、真っ赤だ」
瑠奈は首を振った。
「平気だから。大丈夫だから」
「平気そうな人ほど、いちばん大丈夫じゃない」
拓也の声は、驚くほど優しかった。
彼はそっとハンカチを差し出した。
白い布地に刺繍された“T”のイニシャル。
「……ありがとう」
「俺、もう見てられないよ。
お前が誰かを想って、傷ついて、何も言えないで泣くの」
瑠奈は顔を上げた。
「拓也くん、お願い……そんなこと言わないで」
「なんで?」
「言われたら……涙が止まらなくなるから」
次の瞬間、瑠奈の声が小さく震えた。
抑え込んできた感情が、堰を切ったようにあふれ出す。
「好きなの……。
どんなに距離があっても、
どんなに他の人と一緒にいても、
悠真くんが笑ってるだけで、嬉しくて、苦しくて……」
涙がぽとりとハンカチに落ちた。
夕陽がそれを照らし、宝石のように輝いた。
拓也は何も言わず、その肩を抱き寄せた。
彼女が拒まないことを確認するように、ただ静かに。
「泣いていいよ。俺がいる」
瑠奈はその胸の中で、
小さく嗚咽を漏らしながら、
初めて心の奥から泣いた。
それは、誰にも言えなかった恋の証。
“沈黙の涙”が、彼女の春を塗り替えていくようだった。
夕暮れの空は、すでに群青に染まり始めていた。
噴水の音が遠くで響く。
風が吹き抜け、桜の花びらが舞う。
その一枚が、教室の窓から滑り込み、
机の上のハンカチの上にそっと落ちた。
まるで、「この恋はまだ終わっていない」と告げるように。
一日の熱を少しだけ残して静まり返っていた。
窓の外では、沈む夕陽が西の空を茜色に染めている。
瑠奈は、誰もいない教室の隅でノートを閉じた。
ページの端には、今日も走り書きのまま残った文字――
《強くならなきゃ。平気なふりをする練習》
その一行が、かすかににじんでいた。
(もう……泣かないって決めたのに)
小さく息を吸って顔を上げた瞬間、
ドアの向こうから二人の笑い声が聞こえた。
「麗華、今日も助かったよ。あの資料、君がまとめたんだろ?」
「うん、悠真くんが忙しそうだったから」
「ほんと、助かる」
(また……)
瑠奈の胸が締めつけられる。
“助かる”――その言葉は、かつて自分が言われた言葉。
けれど今、それはもう彼女のものではない。
扉が開く。
悠真と麗華が教室に入ってくる。
ふとした拍子に、三人の視線が交わった。
「瑠奈ちゃん、まだ残ってたの?」
「……うん。少しノートを整理してただけ」
麗華は軽く笑い、机の上のノートを覗きこむ。
「真面目ね。ねえ、悠真くん、見て。こういうところ、尊敬しちゃう」
「……ああ」
悠真は曖昧に笑った。
その笑顔に、瑠奈の胸の奥で何かが静かに崩れた。
何も悪くない。
誰も悪くない。
なのに、どうしようもなく痛かった。
「じゃあ、行こうか」
悠真が麗華に向かって言った。
「打ち合わせ、もうすぐ始まる」
「うん」
二人が教室を出ていく。
扉が閉まる瞬間、瑠奈の喉が小さく震えた。
――どうして、置いていくの。
――どうして、笑っていられるの。
気づけば、頬を伝うものがあった。
視界がぼやけ、ノートの罫線が涙で滲む。
「瑠奈……?」
声がして、振り向けば拓也が立っていた。
彼は静かに近づき、机の上の濡れたページを見つめる。
「泣くなよ」
「……泣いてない」
「嘘つけ。目、真っ赤だ」
瑠奈は首を振った。
「平気だから。大丈夫だから」
「平気そうな人ほど、いちばん大丈夫じゃない」
拓也の声は、驚くほど優しかった。
彼はそっとハンカチを差し出した。
白い布地に刺繍された“T”のイニシャル。
「……ありがとう」
「俺、もう見てられないよ。
お前が誰かを想って、傷ついて、何も言えないで泣くの」
瑠奈は顔を上げた。
「拓也くん、お願い……そんなこと言わないで」
「なんで?」
「言われたら……涙が止まらなくなるから」
次の瞬間、瑠奈の声が小さく震えた。
抑え込んできた感情が、堰を切ったようにあふれ出す。
「好きなの……。
どんなに距離があっても、
どんなに他の人と一緒にいても、
悠真くんが笑ってるだけで、嬉しくて、苦しくて……」
涙がぽとりとハンカチに落ちた。
夕陽がそれを照らし、宝石のように輝いた。
拓也は何も言わず、その肩を抱き寄せた。
彼女が拒まないことを確認するように、ただ静かに。
「泣いていいよ。俺がいる」
瑠奈はその胸の中で、
小さく嗚咽を漏らしながら、
初めて心の奥から泣いた。
それは、誰にも言えなかった恋の証。
“沈黙の涙”が、彼女の春を塗り替えていくようだった。
夕暮れの空は、すでに群青に染まり始めていた。
噴水の音が遠くで響く。
風が吹き抜け、桜の花びらが舞う。
その一枚が、教室の窓から滑り込み、
机の上のハンカチの上にそっと落ちた。
まるで、「この恋はまだ終わっていない」と告げるように。