側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません
 城下町の入り口に差し掛かると、馬車はゆっくりと停車した。

 何ごとかと耳を澄ますと、御者のやり取りから、検問を受けているのがわかった。

「行ってよしっ!」

 乾いた声が響き、馬車はふたたび動き出す。

 派手な歓迎を期待していたわけではない。けれど、王家の紋章を掲げた馬車が通るというのに、人々の関心は薄かった。

 ちらりと足を止めた者たちが、「今日は何かの行事でもあるのか?」と、ひそひそと声を交わしている。

 イリアは気づかずにはいられなかった。歓迎されていないと。それどころか、その存在すら公にはされていないのだ。
 
 先代の王にも多くの側妃がいた。だが、彼女たちは外交のために他国から迎え入れられた姫君たちだった。イリアのように自国の……しかも、伯爵の娘を迎えるのは珍しかった。

 フェイラン陛下と王妃との間には、まだ子がいない。後継を求める声が高まるなか、自分は"そのため"に召されたことも理解している。

 それにしても、ここまで冷ややかなものかしら。

 馬車から足を地に下ろしたイリアは、王宮の入り口で待ち構える侍女を見て、よりその思いを強くした。

 イリアを出迎えたのは、たったひとりの侍女だった。王の側妃を迎えるというのに、この静けさ。胸の奥に、わずかな痛みが走る。

 彼女はイリアを見るなり、丁寧に頭を下げた。

「イリア・ローレンス様でいらっしゃいますね。陛下付の侍女、エルザと申します。本日より、お身周りのことはすべて私が承ります」

 言葉遣いは丁寧だった。だが、その笑みの奥には、どこか探るような冷たさがあった。

 エルザは、イリアよりひと回りほど年上に見えた。伯爵家のメイドたちはイリアに対してのびのびと接していたが──この城では、誰もがこうなのだろうか。

「ご丁寧にありがとう。……案内をお願いできるかしら」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」

 王宮の廊下を進むと、金糸のタペストリーや豪奢な花々が目に飛び込んでくる。階段を上がると、歴代の王を描いた絵画が立ち並んでいた。

 その一つひとつすべてが立派で、地方で育ったイリアの立場の小ささを思い知らせるようだった。

 背筋を伸ばし、気を張って歩くイリアを、扉の前で止まったエルザが振り返る。

「こちらが、陛下の御前に出る際の控え室でございます」

 そして、何気ない調子で言葉を続けた。

「田舎からおいでと伺っておりますので、王宮での作法が少々異なりますかと存じます。ご心配には及びません。私が丁寧にお教えいたします」

 イリアは一瞬、崩れ落ちそうになる表情を保ったまま、心の奥がざらつくのを感じた。

 "田舎からおいで"とは、ずいぶんな言い方ね。

 それでも優雅な笑みを浮かべ、上品に返す。

「ええ、助かります。どうかよろしくお願いします」
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