側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません
 控え室に通されると、エルザは早速、陛下に対する挨拶の手本を見せた。

「陛下への挨拶は特別でございます。ほんの少しでも手を抜けば、不敬と取られますゆえ、くれぐれもお気をつけくださいませ。まず、陛下の御前では、すそを両手で広く持ち上げ、このように腰を落とします。そして『お目にかかれて光栄でございます、陛下』とお声をかけてくださいませ」

 イリアはその所作を見つめながら、胸の内で小さく首をかしげた。

(ドレスをあんなにも広げて……、少し、華やかすぎないかしら)

 本来、公的な行事では、手のひらはそっとドレスに添えるだけのはず。しかし、イリアは陛下に会ったことがない。ドレスを広げるのが正しいと言われれば、それを信じるしかない。

「わかりました。ありがとう」

 そう答えつつ、イリアの脳裏には、一枚の絵画がよぎっていた。

 ここへ来るまでの廊下に飾られた絵画。令嬢が身をかがめ、両手を胸の前に重ねて、王へ一礼する姿。それは、エルザの教えとはまったく違う所作──

(……やっぱり、何か引っかかるわ)

 イリアはもやもやしたが、問いただそうとはしなかった。

 それから、エルザの一方的な振る舞いを、イリアはただ黙って受け入れた。

 父の用意した華やかなドレスを流行じゃないと言って取り替えたり、母の形見である格別豪華なネックレスを野暮ったいと馬鹿にして、箱から取り出そうともしなかったが、彼女の機嫌を損ねるのは得策ではなかった。

 何より、エルザの用意した装飾品やドレスは、今まで見たことがないほどに雅やかで、どんなに彼女がイリアを軽んじようとも、表面上は歓迎してくれていると思えたのだ。

 おそらく、今のイリアを見たら、アルフレッドが悔しがるほどに美しく着飾った彼女は、陛下の待つ部屋へと案内された。

 長い回廊を渡り、何度も折り返す階段を昇った先に、その部屋はあった。

「陛下、イリア・ローレンス様をお連れいたしました」

 エルザの呼びかけに応える声はなかった。しかし、彼女は臆する様子もなく、扉を押し開いた。

 繊細で美しい金色の髪を持つ青年を真っ先に目にとめたイリアは、驚いてまばたきをした。

 この青年が、フェイラン・アーデン──エストレア国の若き王。

 彼は王座ではなく、木製の椅子に腰をおろし、机の上に開かれた書簡をぼんやりと眺めていた。
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