リシェル・ベッカーが消えた日〜破滅と後悔はすぐそこに〜
「お前、まさか……妊娠したと嘘をついていたのか?」
滅多なことでは動揺しないフランクが、震えた声色で問う。
もしこれが本当なら、似つかわしくないドレスや中途半端な食事管理もすべて説明がつく。腹部をどれだけ圧迫したところで、彼女の腹に子などいないのだから。
エミリは悪びれる様子もなく嬉しそうに微笑んだ。
「やっと気付いてくださったのね。お父様がびっくりするお顔、初めて見られて嬉しいわ」
「エミリ……なぜ」
「ベンジャミン様を選んだのは、リシェルの悔しがる顔が見たかったからよ。お父様だって鬱陶しいと思っていらしたでしょう? 追い出すきっかけを作って差し上げた私に感謝してほしいわ」
「彼は……このことを?」
「何も知りませんわ。今は私のことより領地にお忙しいみたい。結婚式のお話もあれから進んでいませんし、気付くことはないでしょう」
「なんということだ……お前は本当にわかっているのか? 妊娠していない事実が明らかになれば、公爵家とのコネクションがすべて破綻してしまうんだぞ!」
「そう? 別に妊娠していなくても、ベンジャミン様は私を選んでくれたわ。お父様、あなたが賢いだけのお姉様ではなく、手駒を選んでくれたのと同じようにね」
恍惚な笑みを浮かべるエミリに、フランクは驚愕した。
そっくりだったのだ。実母と同じ、他人を惑わそうとするその笑みが。
娘を産み育てたあと、夜遊びに走って他の男から移された性病によって死んだエミリの実の母親。実家を捨ててまで愛の逃避行をし、息を引き取る最期の一瞬まで愛していたとしても、フランクにとって彼女も手駒のひとつにすぎなかった。亡くなった後もなお商談ができるのは、あの女が行商人を繋いでくれたからだ。
(あれも卑しい女だった)
『だってあなた、私のことを見てくださらないんだもの』
互いに惹かれ合っていたのは事実だが、懐妊したのは計画通りだったと、彼女は死に際に告げた。自分の保身しか考えない夫に、一矢報いたかったのだろう。
その時、すべて他人に動かされていたことを悟ったフランクは憤慨した。他人の上に立つべきは自分であると、信じてやまなかった。だからエミリを駒のひとつとして見てきたはずだった。
しかし今、目の前にいる自分の娘は、母親によく似た茶の瞳でしてやったりと妖艶に口元を歪ませる。フランクの嫌な予感が的中した。
「お父様、私はやっと素敵な公爵家の夫を持ち、順風満帆な人生のスタートラインに立ったところなのです! 亡きお母様への親孝行をさせてくださいまし。小さい頃からの夢、叶えてくださいますよね?」
「エミリ……」
うっとりとした表情で訴えかけるそれに、フランクは苦い顔をした。
ここで断れば、ギルバート公爵家との取引がすべて無くなってしまう。これからの取引のためにそれだけは避けなければならない。
(やっと軌道に乗ってきたところなんだ! こんなところで足首を掴まれてたまるものか!)
完全にノーマークだった。まさか娘に裏をかかれるとは思ってもおらず、放置していたのが仇となってしまった。
詰めの甘い自分に思わず舌打ちをするが、すぐに思考をクリアにして冷静を取り戻す。
ここで焦ってはならない。自分は使われる側ではない。他人を使う側だ。
滅多なことでは動揺しないフランクが、震えた声色で問う。
もしこれが本当なら、似つかわしくないドレスや中途半端な食事管理もすべて説明がつく。腹部をどれだけ圧迫したところで、彼女の腹に子などいないのだから。
エミリは悪びれる様子もなく嬉しそうに微笑んだ。
「やっと気付いてくださったのね。お父様がびっくりするお顔、初めて見られて嬉しいわ」
「エミリ……なぜ」
「ベンジャミン様を選んだのは、リシェルの悔しがる顔が見たかったからよ。お父様だって鬱陶しいと思っていらしたでしょう? 追い出すきっかけを作って差し上げた私に感謝してほしいわ」
「彼は……このことを?」
「何も知りませんわ。今は私のことより領地にお忙しいみたい。結婚式のお話もあれから進んでいませんし、気付くことはないでしょう」
「なんということだ……お前は本当にわかっているのか? 妊娠していない事実が明らかになれば、公爵家とのコネクションがすべて破綻してしまうんだぞ!」
「そう? 別に妊娠していなくても、ベンジャミン様は私を選んでくれたわ。お父様、あなたが賢いだけのお姉様ではなく、手駒を選んでくれたのと同じようにね」
恍惚な笑みを浮かべるエミリに、フランクは驚愕した。
そっくりだったのだ。実母と同じ、他人を惑わそうとするその笑みが。
娘を産み育てたあと、夜遊びに走って他の男から移された性病によって死んだエミリの実の母親。実家を捨ててまで愛の逃避行をし、息を引き取る最期の一瞬まで愛していたとしても、フランクにとって彼女も手駒のひとつにすぎなかった。亡くなった後もなお商談ができるのは、あの女が行商人を繋いでくれたからだ。
(あれも卑しい女だった)
『だってあなた、私のことを見てくださらないんだもの』
互いに惹かれ合っていたのは事実だが、懐妊したのは計画通りだったと、彼女は死に際に告げた。自分の保身しか考えない夫に、一矢報いたかったのだろう。
その時、すべて他人に動かされていたことを悟ったフランクは憤慨した。他人の上に立つべきは自分であると、信じてやまなかった。だからエミリを駒のひとつとして見てきたはずだった。
しかし今、目の前にいる自分の娘は、母親によく似た茶の瞳でしてやったりと妖艶に口元を歪ませる。フランクの嫌な予感が的中した。
「お父様、私はやっと素敵な公爵家の夫を持ち、順風満帆な人生のスタートラインに立ったところなのです! 亡きお母様への親孝行をさせてくださいまし。小さい頃からの夢、叶えてくださいますよね?」
「エミリ……」
うっとりとした表情で訴えかけるそれに、フランクは苦い顔をした。
ここで断れば、ギルバート公爵家との取引がすべて無くなってしまう。これからの取引のためにそれだけは避けなければならない。
(やっと軌道に乗ってきたところなんだ! こんなところで足首を掴まれてたまるものか!)
完全にノーマークだった。まさか娘に裏をかかれるとは思ってもおらず、放置していたのが仇となってしまった。
詰めの甘い自分に思わず舌打ちをするが、すぐに思考をクリアにして冷静を取り戻す。
ここで焦ってはならない。自分は使われる側ではない。他人を使う側だ。