リシェル・ベッカーが消えた日〜破滅と後悔はすぐそこに〜
「わかった。しかし、婚約の際に妊娠していることも公にしているのを覚えているか? 順当に行けばそろそろ六ヶ月に突入するはずだ。そこでだ、死産したことにして、ほとぼりが冷めるまで令息とともに別荘へ移るのはどうだろう」
「別荘? 私と、ベンジャミン様だけのお屋敷ということですか!」
「そうだ。ミルベール国との国境付近にある屋敷をひとつ、お前達にやろう。ギルバート領の対処については私も尽力することにして、若い二人でゆっくり新婚生活を送るといい」

 アルカディアのずっと北にあるミルベール国は、夏の季節でも涼しく、避暑地として人気が高い。王都に比べると遅れて流行がやってくるが、住心地もよく、治安も安定している。新生活にはぴったりな場所だ。

(ろくに手入れもしていない別荘なんていくらでもくれてやる)

 フランクは嘘を混ぜながら別荘の魅力を熱弁すると、エミリは目を輝かせた。いわば、別荘が二人だけの城となるのだ。この機を逃す手はない。

「しかし、お前は死産したことを表立って演じなければならない。いろいろと準備が必要になる。少し待たせてしまうが……」
「構いませんわ。ちょっぴり急かしてしまうかもしれませんが、許してくださいね。ベンジャミン様とふたりきりの生活、夢みたいですわ!」

 先程のにたり顔から一転、子どもらしいキラキラと輝かせた目で満面の笑みを浮かべる愛娘は実に愛らしい。もし、幼い頃からもっと目を向けていたら――なんて、過ぎてしまった空想はすぐに頭から弾き出した。

「では、これからの計画を――」

 ――と、言いかけたところで、ドアがノックされた。入ってきた執事は、今朝顔を合わせた時からそこまで時間が経ってはいないはずなのに、昨日より青白くなっている。

「旦那様にお客様です。応接の間にお通ししております」
「客? 当主の断りもなく屋敷に入れるなど……」
「申し訳ございません。アーヴェンヌ公爵夫人様より、王命とのことでしたので」
「……はぁ!?」

 アーヴェンヌ? 王命?

 素っ頓狂な声を上げたフランクは目玉が飛び出るかと錯覚するほど驚いた。
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