リシェル・ベッカーが消えた日〜破滅と後悔はすぐそこに〜

「エミリ嬢は何度も『キャンディが欲しい』と言っていた。君は彼女に何を与えていたんだい?」
「キャンディ……? わかりません。僕が彼女にプレゼントしたもの山ほどありますから」
「では、最近の彼女についてはどうだろう? 何でも思い当たることは?」

 そう問われて、ベンジャミンは眉をひそめた。
 リシェルの葬儀といい、なぜ王家がここまで自分より下位にいる貴族の家庭事情に介入してくるのだろうか。いくらフランクの闇商会との一件があったとはいえ、ギルバート家が関わっている証拠は一切見つかっていない。
 エミリが暴れたこととの関連性を疑っているとしたら、すべてベッカー家が悪いだけ。自分は何も知らない。何も悪くない。
 だから、ベンジャミンはいつものように流暢に答える。

「確かにエミリはここ最近、つまらなさそうでした。この僕がいるにもかかわらず、愛想笑いしかできない日々が続いていて、少しでも元気になればとずっと側にいて励ましていたのに……あの恩知らずめ」
「本当に心当たりはないんだね」
「ありませんよ! そんなことより、早くエミリに厳重な処罰を、死刑を与えてやってください! 次期公爵の僕を殺そうとした重罪人です。一歩間違えれば、リシェルだって殺されていた。……そうだ、僕はエミリから守った救世主なんだから、グランヴィルは僕に貸しを作ったことになりますよね? だったらリシェルを僕に返してくださいよ!」
「返す? 死者をどうやって返すんだい?」
「死んでいるのであれば、彼女の名を。ギルバート公爵家の正妻として、改めて入籍するんですよ! この僕の妻になるのだから、きっとあの堅物なリシェルも泣いて喜んでくれるに決まっています!」

 ルーカスの問いの意図はわからないが、エミリからの離縁状が保留になっていることを知ったベンジャミンは焦っていた。今は自分の身の安全を確保することが先決であり、何よりリシェルさえ戻ってくれば、以前のような快適な生活を送れるはずだと。

 勢い任せに思いの丈を伝えると、ルーカスは小さくため息をついた。ベンジャミンはそれが同情に見えたようで、内心ホッとした次の瞬間、後ろで控えていたテオが突然胸ぐらを掴んできた。

「うわっ! や、やめ……」
「テオ!」
「…………」

 ルーカスが制止をかけてもテオはさらに力を込める。オレンジがかった瞳はまるで狩りをする猛獣そのものだ。少しでも気を緩めればすぐに窒息してしまう。

「テオ、やめてくれ。君を罪人にしたくない。それにこれは、アルカディア王国を収める者として、私の手で幕引きしなければならないことなんだ」

 ルーカスの言葉に、テオが渋々と胸ぐらを離すと、ベンジャミンはその反動でベッドに再び倒れ込んだ。

「くそっ……たかが文官ごときが思い上がるなよっ! 僕は次期公爵で――」
「もうギルバート公爵家はない。夜会の一件の後、すぐに爵位を返上した」
「……は?」
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