リシェル・ベッカーが消えた日〜破滅と後悔はすぐそこに〜
「……そうだな」
「ところで、ヘレナが開発に関わったという回復薬、噂は聞いているよ。医師がたいそう驚いていたそうだ」
「それは光栄です」
二人の前に淹れたての紅茶を置くと、ヘレナはテオバルドの隣に座った。
ヘレナは、グランヴィルの薬草研究所に勤務している。主に魔草の生態や回復薬の調合を研究しているそうだが、その中にはソクラ草も含まれていた。
ソクラ草が持つ魔力を練り込んだ薬物キャンディによる魔力過多、そして依存体質を解決すべく、ヘレナが中心となってソクラ草の魔力を打ち消す回復薬を作り出すことに成功した。
そのヒントは、意外にもアルカディアに縁のある植物にあった。
「身につけた者の魔力を保持する特殊な植物――レニンは、正確には魔力を持たない魔草だ。その特性を利用し、ソクラ草の魔力の受け皿にして相殺するとは、よく考えたものだ」
「恐れ入ります。これで、苦しむ人々が少しでも救われると良いのですが」
セルペンテ商会はいろんな商会や店に卸していたこともあり、一般人でも比較的に入手しやすいため、他国でも薬物キャンディの被害にあった者は少なくはない。根本的な解決には程遠いが、大切な一歩だ。
「それで、今日は報告したいことがあると聞いているけれど、どうしたんだい?」
今回の来国は情報交換がメインだが、なにやら二人の様子が落ち着きがないように見えたルーカスは早々に切り出した。
促された二人は目線で通じ合うと、テオバルドが口を開いた。
「正式に、ヘレナとの結婚が決まったんだ」
「……そうか、そうか! おめでとう。やっとか!」
「やっとって……確かに、国にとってみれば遅い婚約になってしまったが、俺達は満足している」
テオバルドはすでに王位継承権を放棄している。今までは早々に国王へ即位した兄を支えていたが安定してきたこともあり、折を見てグランヴィル国内の辺境領地に移住し、統治するが決まっていた。
「王族との結婚ではあるがヘレナの事情もある。式は最小限に留めるつもりだ。ルーカスと奥方にも招待したいのだが……」
「もちろん出席させてもらうよ。妻もヘレナに会いたがっていたからね。……でも、それだけじゃないんだろう?」