恋のリハーサルは本番です

第10話 すれ違う想い

リハーサル室の空気は、どこか張り詰めていた。
 椎名美咲がヒロイン役として正式に立つことが決まり、蓮はその隣に立っている。
 照明が落とされ、スポットライトの熱が二人を包み込む。
 あかりは客席の一番後ろ、ノートパソコンを膝に置き、黙って見つめていた。

「……君を、もう離さない」
 蓮の声が、舞台の上に響く。
 それは台本上のセリフのはずなのに、胸の奥にまっすぐ突き刺さるような、真実味があった。

 美咲は、微笑みながらもほんの少しだけ視線を逸らす。
 照明の影に隠れて、彼女の頬がかすかに赤く染まっていた。

 ──まるで本当に、恋をしているみたい。
 あかりは、自分の手が震えていることに気づいた。
 キーを叩く指が止まり、画面に映る文字が滲む。

「桜井くん、今の感じ、すごく良かった!」
 演出家の神崎が笑顔で声を上げる。
 スタッフの拍手が起こる中、蓮は一歩下がり、軽く頭を下げた。
 美咲と視線が合う。ほんの一瞬だけ、何かを伝え合うような、柔らかい空気が流れた。

 ──その光景が、あかりの胸を締めつけた。

 休憩時間。
 あかりはロビーでコーヒーを手にしていた。
 そこへ、美咲が静かに近づいてくる。
「ねえ、水無月さん。少し、お話できますか?」
 その声は優しく、けれどどこか覚悟を秘めていた。

「桜井くんのこと……どう思ってるんですか?」

 あかりの胸が跳ねた。
 答えようとした言葉が喉の奥でつかえる。
「わたしは……ただの脚本家です。彼とは、仕事のパートナーで」
「そう。でも、彼はあなたを見る目、違ってますよ」
 美咲は微笑みながらも、静かな光を宿した瞳で言った。

 その瞬間、蓮の笑顔が頭に浮かんだ。
 何気ないリハーサルの合間、ふと見せる優しさ。
 脚本家としての“距離”を守るたびに、心の奥がざわめいていた──。

 あかりは、笑って誤魔化すようにカップを口に運んだ。
 だが、その手はわずかに震えていた。

 舞台の世界は、恋と同じ。
 リハーサルのはずが、いつの間にか“本番”になってしまう瞬間がある。

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