恋のリハーサルは本番です

第208話 不在が、拡散する

記事は、昼過ぎに公開された。

 映画情報サイト。

 よくある、数百文字のインタビュー。

 見出しも穏やかだった。

 ──「書けなかった部分を、役者に委ねた」

 脚本家・水無月あかりが語る、映画化の核心。

 あかりは、リンクを開いたまま、しばらく画面を見つめていた。

 言葉は、確かに自分のものだ。

 一字一句、間違っていない。

 それなのに。

 通知が、止まらない。

 スマートフォンが震えるたび、

 画面に新しい名前とアイコンが並ぶ。

「この記事、読んだ?」
「すごい反響だね」
「“委ねた役者”って、あの人のことだよね?」

 ──誰も、名前を断定していない。

 でも、全員が同じ方向を向いている。

 SNSでは、すでに切り取られていた。

「書けなかった部分を、役者が埋めてくれた」
→これ、完全に“あの舞台”の話では?

名前出してないのに、分かるのが逆にすごい

海外行った彼の評価、むしろ上がってない?

 あかりは、静かにスマートフォンを伏せた。

 (……予想してた)

 そう思おうとして、失敗する。

 予想していたのは、話題になること。

 でも、ここまでとは思っていなかった。

 記事は、いつの間にか
 「映画の脚本」ではなく、
 「過去の舞台」と「三人の関係」を巡る文脈に置き換えられている。

 呼ばれていない名前が、

 勝手に輪郭を持ち始めていた。

 制作フロアの空気も、微妙に変わる。

 誰も直接は聞かない。

 でも、視線が増えた。

 雑談が、途中で途切れる。

 冗談めいた声が、少しだけ慎重になる。

 あかりは、自分のデスクに座り、
 ノートパソコンを開いた。

 脚本の修正ファイル。

 今日やる予定だった作業。

 画面を見ても、文字が頭に入ってこない。

 代わりに浮かぶのは、

 蓮の顔だった。

 この記事を、もう読んだだろうか。

 読んだとしたら、どこをどう受け取るだろう。

 “委ねた役者”。

 それが、
 自分だと思うのか。
 違うと思うのか。

 どちらにせよ、
 説明しない限り、誤解は勝手に育つ。

 でも──
 説明する言葉が、見つからない。

 正しい言葉は、ある。

 ただ、それを言うと、
 誰かを守れなくなる気がした。

 あかりは、画面を閉じた。

 書くことで整理してきた人生で、
 初めて、
 書かないことが、いちばん重い選択になっている。

 夕方。

 また一件、通知が入る。

 今度は、海外メディアのリンクだった。

 ──Former stage actor draws attention even after departure.「去ったあとも注目を集める、元舞台俳優」

 名前は、やはり書かれていない。

 それでも、世界はもう、
 誰の話かを理解している。

 あかりは、目を閉じた。

 (……もう、私の手を離れてる)

 記事は、ただのきっかけだ。
 
 本当に拡散しているのは、
 語られなかった部分そのもの。

 そしてそれは、
 いずれ、蓮の前にも
 はっきりと姿を現す。

 逃げ場は、確実に狭くなっていた。
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