忘却の蝶は夜に恋う
「──一体どうなっているんだ」
予期せぬ夕食会を終えた後、ノクスはセバスチャンと厨房に立っていた。仏頂面で皿洗いをしているノクスの隣で明日の仕込みをしているセバスチャンは、何を企んでいるのか愉しげな顔をしている。
「ほっほ。元気のいいご令嬢ですのう」
「僕の質問に答えてくれ」
「これを見てくだされ。私に贈ってくださったのですよ」
セバスチャンは切りかけの野菜をまな板の上に置くと、今着ているエプロンを見せびらかすようにその場で回る。彼が前掛け付きのエプロンを着ているのは珍しいとは思っていたが、まさか彼女からの贈り物だったとは。
ノクスはため息を吐きながら、軽く頭を押さえた。
「僕は彼女がこの家の中にいる理由を聞いているんだが」
「私が玄関を開け、お通ししたからでございます」
ノクスはまたため息を吐いた。
「……それ以外に入る方法なんてないだろう」
「あるのですよ。ご令嬢には」
「言っている意味が分からないんだが」
セバスチャンは軽やかに笑うと、切り終えた野菜を鍋の中へと放り込む。そこに水を入れていくつかの調味料も投入すると、着けていたエプロンの紐をほどいた。
「よいですかな、ノクス様」
「何も良くない」
ノクスはセバスチャンに背を向け、出口へと向かって歩き出す。
「どこへ行かれます、年寄りの話を聞いてくだされ」
「都合のいい時だけ年寄りになるな」
僕よりも足が速いくせに、とノクスは言い捨てながら厨房を後にした。