忘却の蝶は夜に恋う
◆
ノクスは鐘の音で目を覚ます。
城下町の北側には城の外壁くらい高く聳える時計塔がある。その塔は現皇帝・ヴィルジールが即位した年に建てられたもので、日に三回鳴るようになっている。
耳に馴染んだ音色を聴きながらベッドから出ると、真っ先に向かうは洗面所だ。冷たい水で顔を洗い、粗末な素材で織られた布で顔を拭く。貴族が使う柔らかなものを山のように買えるだけの財はあるというのに、ノクスの生活の基準は昔と変わらない。
ひと通りの身支度を終えた頃、ノクスはカーテンを少しだけ開け、雲の切れ目から差し込む早朝の日差しに、すうっと目を細めた。
「おはようございます。ノクス様」
食堂に入ると、エプロン姿のセバスチャンが笑顔で出迎えた。見ている方まで変な気分になるエプロンはイスカからの贈り物だと、昨夕セバスチャンが嬉しそうに語っていたことを思い出した。
「……ご令嬢は?」
「私ならここだよ、婚約者殿」
イスカは厨房から顔を出した。セバスチャンの手伝いをしていたのか、右手には調理器具が、左手にはひと月前にセバスチャンと市で選んだ皿を持っている。
その姿から嫌な予感がしたノクスは、ごくりと喉を鳴らした。
「……まさか」
「まさかにございます。ノクス様」
ノクスの予感は当たったようだ。テーブルの上に並ぶ料理を見て、ノクスは眉根を寄せた。
ノクスは鐘の音で目を覚ます。
城下町の北側には城の外壁くらい高く聳える時計塔がある。その塔は現皇帝・ヴィルジールが即位した年に建てられたもので、日に三回鳴るようになっている。
耳に馴染んだ音色を聴きながらベッドから出ると、真っ先に向かうは洗面所だ。冷たい水で顔を洗い、粗末な素材で織られた布で顔を拭く。貴族が使う柔らかなものを山のように買えるだけの財はあるというのに、ノクスの生活の基準は昔と変わらない。
ひと通りの身支度を終えた頃、ノクスはカーテンを少しだけ開け、雲の切れ目から差し込む早朝の日差しに、すうっと目を細めた。
「おはようございます。ノクス様」
食堂に入ると、エプロン姿のセバスチャンが笑顔で出迎えた。見ている方まで変な気分になるエプロンはイスカからの贈り物だと、昨夕セバスチャンが嬉しそうに語っていたことを思い出した。
「……ご令嬢は?」
「私ならここだよ、婚約者殿」
イスカは厨房から顔を出した。セバスチャンの手伝いをしていたのか、右手には調理器具が、左手にはひと月前にセバスチャンと市で選んだ皿を持っている。
その姿から嫌な予感がしたノクスは、ごくりと喉を鳴らした。
「……まさか」
「まさかにございます。ノクス様」
ノクスの予感は当たったようだ。テーブルの上に並ぶ料理を見て、ノクスは眉根を寄せた。