忘却の蝶は夜に恋う
「行政府工務省副官のお嬢様です」
「……ああ、あの間抜けの」
ノクスの酷い言いように、エヴァンとアスランは苦笑を浮かべた。
行政府工務省とは、土木の管理を任されている部署のことだ。その副官に任じられている男の娘が、朝から騒ぎを起こしているらしい。
「それで、あのご令嬢の用件は?」
「ジルに会いたいそうだ」
ジルとはヴィルジールの愛称である。いくら幼馴染とはいえ皇帝を愛称で呼ぶのは如何なものかと思うが、アスランにはそれが許されている。
ノクスはキリキリと痛む胃に手を添えながら、重く苦しいため息を吐いた。
「即位からもうじき一年。妃が一人もいないからと、押しかけてくる令嬢は増えるばかりですね」
「そうですねぇ。ここはひとつ、五年ぶりに建国祭でも開催して、陛下に誰かと踊って頂くしか」
「……あの陛下が承諾されるとは思えないのですが」
愚かな先代皇帝のせいで開催できなかった祭事を利用するよりも、半年前に和平を結んだ西側の国から王女に嫁いでもらった方が早いのではないだろうか。
そう思うノクスだったが、じわじわと強くなっていく胃痛には耐えられず、薬を求めて医務室へと向かったのだった。