忘却の蝶は夜に恋う
ノクスは人混みを好まないのだろう。そう思ったのは、彼の邸が城下町の外側の端にあるからだ。
国一の商業区である城下町は、オヴリヴィオ皇城を下に降ったところにある。町と城を繋ぐのは跳ね橋であり、巨大な城門の前には常に見張りの兵がいる。
邸から城までの距離は、徒歩で三十分くらいだっただろうか。日傘に手袋、日除けのタイツと万全の装備で目的地に着いたイスカは、目の前に高く聳える門を見上げた。
「──通行許可証、または身の上を明かすものはお持ちか」
後ろから声をかけられたイスカは、日傘を傾けながら振り返った。声をかけてきたのは常駐している見張り番ではなく、騎士団の制服を纏う男だった。
「……君は騎士団の者か?」
男は頷いた。イスカを警戒しているのか、見定めるような目で上から下まで眺めてくる。
イスカは小さく微笑んでから、凛とした声で告げた。
「私の名はイスカーチェリ・ハインブルグ。婚約者の忘れ物を届けにきたんだ」
「……ハインブルグ? ということは──」
男はイスカの名を聞くなり片眉を跳ね上げ、何かを思い出したような声を上げた。その時、影がひとつイスカへと向かって真っ直ぐに伸びた。
「──イスカッ!」
イスカは声の主を振り返り、そして微笑った。
「──アスラン」