忘却の蝶は夜に恋う

 イスカの姿を見つけて声を掛けてきたのは、この帝国の騎士団の団長の息子であるアスランだった。彼は皇帝・ヴィルジールの幼馴染であり、護衛もである騎士だ。デューク侯爵家の次期当主でもある。

 アスランはすぐさま門を開けるよう指示すると、イスカと話していた騎士に退席するよう手で追い払った。

「珍しいこともあるんだな。お前が手続きを踏んで入ろうとする姿を見るなんて、何年振りか」

「抜け道や近道を使ってこっそり入るのは好きだが、今日は届け物に来たからね。これをひっくり返すわけにはいかないんだよ」

「届け物?」

 イスカは頷いてから、バスケットの上に被せられた布を少しだけ捲った。セバスチャン手製のサンドイッチと、手を汚さずに食べられるおかずが入っている。

 アスランは「なるほど」と頷くと、イスカを先導するように歩き出した。

「届け先は婚約者か?」

「勿論。彼は普段どこにいるんだい?」

「エヴァンの執務室か、その隣の部屋だな。そのどちらもいなかったら──」

 城の敷地内に入り、帝国民に愛された女帝の肖像画があるホールを抜け、“コ”の字の居館が見えてきた時。アスランが突然足を止め、イスカの腕を引いて柱の裏へと身を隠した。

 一体何事かと問う間もなく聞こえてきた声に、イスカは気配を殺した。

「──なぜ君のような下賤の出の者が、彼女の婚約者になったんだ」

 恐る恐ると覗いてみると、回廊の先には数時間前に見送った背中と、よく知った人物の姿が見えた。
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