忘却の蝶は夜に恋う
「さあ。それは一方的に婚約を取り決めたご令嬢、ならびに許可証を発行した皇帝陛下に聞いてください」
「君は彼女に相応しくない」
「同感ですが、私の一存ではどうすることもできません。ご自身の疑問を私に問われるよりも、陛下を訪ねて進言なされた方がよろしいのでは?」
ノクスと向かい合っている──というよりも一方的に絡んできているのであろう男は、魔術師団の団長の次男であるセドリック・オールヴェニスだった。
魔術師団というのは、剣や槍といった武器で戦う騎士団とは違い、魔術が主な攻撃手段である組織のことだ。この国の内部組織は皇帝を頂点に、その下には行政府と軍府の二つの組織がある。
行政府はさらに外務や公務、財務や税務などと六つに分かれ、それを取りまとめているのが宰相であるエヴァン、その補佐がノクスだ。
もう一方の軍府は騎士団と魔術師団に分かれており、今現在イスカと共に身を潜めているアスランが騎士団に、ノクスに突っかかっているセドリックが魔術師団に所属している。
「セドリック・オールヴェニスか。オールヴェニス家は帝国貴族で序列三位の公爵家だったな。そしてヤツはその次男坊ともなると……」
「参ったね。諦めてくれたものだと思っていたんだが」
「イスカ?」
イスカは風に遊ばれていた横髪を耳に掛けると、アスランに日傘を預け、颯爽と柱の向こうへ出ていった。