忘却の蝶は夜に恋う
ノクスが宰相の執務室に戻ると、そこには珍しくエヴァンの姿があった。彼は自分専用の仕事部屋があるというのに、いつも皇帝の執務室に入り浸っている。その為、ここを訪ねてくる人の相手はノクスがしていることが多いのだ。
「──おや、婚約者の手作りですか? いいですねぇ」
エヴァンは机から顔を上げると、ノクスの手元のバスケットを見てぱあっと笑った。
「まさか。ご令嬢が作ったものなんて、食べられたものではないです」
「イスカは味覚音痴ですから、仕方ありません」
ノクスは隣室へと続く扉に手を触れて、そのまま立ち止まった。床の木目を見つめながら、薄い唇を開く。
「……お詳しいのですね」
「イスカのことですか? そりゃあ、幼馴染ですから」
エヴァンは指を折って数えながら、名前を挙げ始めた。自分を入れて皇帝とアスランの三人は、彼女とは長い付き合いであると。
「……何故、僕なのでしょうか。あなたがた三名は、僕よりもずっと彼女のお相手に相応しいように思いますが」
ノクスは瞳の色を濃くしながら、感情の読めない声で問いを呟く。
分からないのだ。イスカが自分を選んだ理由が。伯爵家の出である宰相と侯爵家の次期当主、そして皇帝という幼馴染がありながら、なぜ平民である自分が選ばれたのだろうか。
エヴァンは何も答えなかった。いつものように柔らかく笑いながら、ペンを手に取っていた。
「──おや、婚約者の手作りですか? いいですねぇ」
エヴァンは机から顔を上げると、ノクスの手元のバスケットを見てぱあっと笑った。
「まさか。ご令嬢が作ったものなんて、食べられたものではないです」
「イスカは味覚音痴ですから、仕方ありません」
ノクスは隣室へと続く扉に手を触れて、そのまま立ち止まった。床の木目を見つめながら、薄い唇を開く。
「……お詳しいのですね」
「イスカのことですか? そりゃあ、幼馴染ですから」
エヴァンは指を折って数えながら、名前を挙げ始めた。自分を入れて皇帝とアスランの三人は、彼女とは長い付き合いであると。
「……何故、僕なのでしょうか。あなたがた三名は、僕よりもずっと彼女のお相手に相応しいように思いますが」
ノクスは瞳の色を濃くしながら、感情の読めない声で問いを呟く。
分からないのだ。イスカが自分を選んだ理由が。伯爵家の出である宰相と侯爵家の次期当主、そして皇帝という幼馴染がありながら、なぜ平民である自分が選ばれたのだろうか。
エヴァンは何も答えなかった。いつものように柔らかく笑いながら、ペンを手に取っていた。