忘却の蝶は夜に恋う
ノクスは昨日と同じ時刻に帰ってきた。扉が開くと鳴るベルの音を聞いて、イスカは小走りで玄関まで迎えに行く。
「お帰り、婚約者殿。お勤めご苦労様だね」
笑顔で出迎えたイスカに、ノクスは無表情で頷いた。後からやってきたセバスチャンには「ただいま」と言い、仕事用の黒い鞄を預けている。
いつの日か、イスカも言ってもらえる日がくるだろうか。
薄手のマントを私室に置きに行ったノクスを待つこと数分。袖を捲りながら食堂に現れた彼は、じいっと芋もちを見ていた。
ノクスの好物であるというこの料理は、茹でた芋を潰して粉と混ぜ合わせ、こんがりと焼いたものだ。これに濃いめの味つけのソースをかけて食べるのが主流らしい。
無論、イスカは食べたことがない。芋料理自体、片手で数えるほどしか食べたことがないので、焼き上がったものを見た時は子供のように瞳を輝かせてしまった。
芋もちを頬張るノクスは相変わらず無表情で、感想一つ言いやしなかったが、厨房から顔を覗かせていたセバスチャンが笑顔でガッツポーズをしていた。長年傍にいた彼だけには分かるのだろう、きっと。
「──魔術省のセドリック・オールヴェニスとは知り合いなのか」
ノクスがそう尋ねてきたのは、セバスチャンが食後にコーヒーを淹れ、厨房の奥に戻った時だった。ノクスの口からその名が出るとは思わなかったイスカは、驚きのあまりに軽く目を瞠る。