忘却の蝶は夜に恋う

「おや、私に興味を持ってくれたのかい?」

 咄嗟に茶化したイスカに、ノクスは「そうじゃない」と即答した。深海のような瞳にはイスカだけが映っている。

「答えてくれ。代わりに僕もひとつだけ、貴女の質問に答える」

 思わぬ提案に、イスカは淹れたてのコーヒーをひと口飲んでから、そっと口角を上げた。

「セドリック・オールヴェニスは私の元婚約者だ。彼は次男で家を継がないから、ハインブルグ家の婿養子になる予定だった」

 オールヴェニス公爵家、その次男であるセドリック。文武両道で眉目秀麗な彼は、ハインブルグ家の次期当主であるイスカの夫になるはずだった。──一年前までは。

 ノクスはため息混じりに「意味がわからない」と言うと、白いティーカップの取手に指を差し入れた。

 芋もち効果だろうか。今夜のノクスは昨日よりも喋ってくれるような気がした。

「では、お言葉に甘えて質問させてもらうよ。その芋もちのお味は如何かな?」

 ノクスの青い瞳が色濃くなる。そんなくだらないことを訊くのか、と言わんばかりに。

「……いつも通りだが」

「今朝はすまなかったね。不味いものを食べさせてしまって」

 イスカは独り苦く笑った。花嫁修行に来たのだと言っておきながら、簡単な料理ひとつ出来ないイスカのことを、ノクスは嗤うだろうと思ったのだ。

 だが、ノクスの顔には不思議な表情が浮かんでいた。
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