忘却の蝶は夜に恋う
 ノクスの住まいは城下町のはずれにある。首都で暮らす平民の多くは、城のお膝元にある貸家である集合住宅に住んでいるが、ノクスは試験に受かった祝いにと一軒家が与えられた。

 家を持つ平民は農業や林業、漁業などを営んでいる者に限られる。城の下には城下町と呼ばれる商業の中心地が、そのまわりには平民が暮らす集合住宅が、さらにそのまわりには貴族の別邸が並んでいるのだ。

 定刻に仕事を切り上げたノクスは、急ぎ足で自宅へと向かっていた。頭から足元まですっぽりと隠れる外套を羽織っている為か、すれ違う人たちから視線を送られてくる。

 それはそうだ。ノクスの全身は黒ずくめなのだから。外套だけならまだしも、シャツも上着もズボンも靴も黒色となると、どこから眺めても怪しく見えることだろう。

 容姿端麗で頭脳明晰だが、傲岸不遜、傍若無人な性格に加え、容赦なく人を切り捨てるその姿が全身黒ずくめともなると、死神政官と呼ばれてしまうのも無理もない。


「──ただいま、セバスチャン」

 ノクスは疲れ切った声で、たった一人の使用人の名を呼びながら、分厚い扉を押し開けた。貴族の別邸をひと回り小さくしたようなこの邸宅は、新築にしては古めかしい見た目をしているが、ノクスは気に入っている。

「──おかえり、婚約者殿」

 鈴を転がしたような明朗な声が響く。
 その声の主を見て、ノクスは手に持っていた鞄を落とした。
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