絶対零度の王子殿下は、訳アリ男装令嬢を愛して離さない
『いくら瓜二つだからってお嬢様を若さまの代わりにだなんて……、旦那さまは一体なにをお考えなのかしら』
『跡継ぎを亡くして気が振れてしまったのよ』
『まぁ、私たちはお給金がもらえればなんだっていいわ』

 痛い、胸が痛い。
 痛くて、苦しい。
 まるで半身を引き裂かれるような痛みと喪失感。
 あのときのすべてを、体が覚えている。
 生まれたときからずっと一緒だった。十年間、一日だって離れたことなどなかった。
 そんな存在が、一瞬で消え去ったのだ。
 忘れられるはずがなかった。

「痛い……、痛いよ……お兄さま……、ごめ……なさ……」

 猫が、道路に飛び出して、気付いたら自分も飛び出していた。
 すばしっこい猫は、難なく道路を横切っていった。
 馬が、すぐそこまで迫っていた。

 衝撃を受けて、セレナは全身を打ち付ける。その痛みに目をぎゅっと閉じた。

 そして目を開けたら、兄のカイルが自分の代わりに馬車の下敷きになっていた。

 カイルが死んだのは、自分のせいだ。

 自分が飛び出しさえしなければ、もっとちゃんと考えていたら。

 兄は死なずに済んだのに……――。
 自分が、兄を殺した。

「ごめんなさ……おに……さま……」

 謝っても謝っても、それはなんの意味もなさない。
 兄はもういないのだから。

「苦し……よ……」

 どうして自分なんか助けたの。
 愚かな自分が死ねばよかった。
 そうしたら、こんなに辛い思いをせずにすんだのに。

 この期に及んでも、あのとき自分を助けた兄に恨み言を重ねる自分に辟易する。

 だけど、これは自分への罰なのだ。
 兄を殺した罪は、ナイフとなって胸に刺さったまま、私に痛みを与え続けている。
 これは、自分が死ぬまで背負っていくべき贖罪だ。

「痛いよ……、苦しいよ……」

『――大丈夫だ』

 痛みに苦しむセレナに、声が届いた。低く落ち着いた声音のそれを、知っている。
 知っているのに、思い出せないでいると、体が温かななにかに包まれたような心地になる。そして、少しずつ痛みが和らいでいった。金縛りにあっていたように強張っていた体が、ぬくもりによってほぐされていく。

『もう大丈夫だ』

 優しい声に(いざな)われて、セレナの意識は再び眠りについた。

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