絶対零度の王子殿下は、訳アリ男装令嬢を愛して離さない


 その日、学園に来てから初めてアンリのいない日を過ごした。
 どこか物足りないのはアンリがいないからだと気付くのに時間はかからなかった。

 今朝、アンリが公務で数日いないことを知ったとき、ショックを受けると同時に気まずいまま顔を合わせなくて済んだと安堵した自分がいたのは事実だ。もっと言うと、アンリと離れることで胃痛もよくなるかもしれないと期待すらした。

 だけど、あんなにそばにいて気まずい思いをしていたにも関わらず、アンリがいないのはとても寂しくて物足りない。胸にぽっかりと穴があいてしまったような、ずっと隙間風に晒されているような心もとなさに始終付きまとわれていた。

 それでも時間は淡々と過ぎていく。
 救いだったのは、授業というやるべきことがあるのと、クラスメイトがずっと一緒にいたアンリがいないセレナを気遣って話しかけてくれたこと。
 ギャスパーとジョシュアと約束しているランチの時間以外は、クラスメイトのマルセルやイザックを初めとした友人が一緒に行動してくれたおかげで、学園で一人になることはまずなかった。


「じゃぁ、また明日ねカイル。おやすみ」
「うん、送ってくれてありがとうギャスパー。おやすみなさい」

 長い一日が終わり、セレナは誰もいない部屋に帰り、宿題を終わらせて寝る支度を済ませる。
 しんと静まり返った空間は、肌寒く感じるほどぬくもりがない。

(私ったら、殿下がそばにいることに慣れ過ぎてしまってた……)

 そして、セレナの中に沸き起こってくる感情はただ一つ。

(殿下に会いたい)

 そう思うことすら烏滸がましいのに。どうしたってその気持ちが溢れてやまなくて、自分のアンリへの気持ちを認めるしかなかった。
 まさか自分が誰かに恋情を抱く日がくるなど、夢にも思わなかった。
 だけど、この思いを告げることはこの先一生ありえないし、あってはいけないことだと、もう一人の自分が声をあげる。

 自分は男で、デュカス伯爵家の跡取りだ。王子のアンリと結ばれることなど言語道断。

(私は……、私の手で死なせてしまったお兄さまの未来を……お兄さまが歩むはずだった道を生きなければいけないから)

 これは、自分に科せられた罰だから。

 まるで自分に呪いをかけるがごとく何度も何度も自分に言い聞かせる。
 きりりと痛むお腹を守るように、セレナはベッドの上で丸くなった。

< 34 / 56 >

この作品をシェア

pagetop